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旅を語る

多くの旅の本を読んできたが、特に自分の旅を独自の視点で物語ってくれる作家が好きである。ん

ノンフィクション作家"沢木耕太郎"の「深夜特急」は私の一人旅に油を注いだが、今でも何度も読み返している。ドイツ文学者でエッセイストの"池内紀"は国内外のまちをほっつき歩きながら普通のことを興味深く語ってくれる。そして今は亡き建築家でエッセイストの"宮脇檀"は「度々の旅」のまえがきで「旅に行く為にというだけの理由で旅に行く感じが強い」と述べている。

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最近沢木耕太郎の「旅の窓」を読んだ。見開きのページに氏が外国で気まぐれに撮った一枚の写真に400字前後の文章を添えたものである。

"グラスのきらめき"と題して、フランスの小さなまちのカフェでひとりの老人から、おごられた一杯の白ワインにまつわる写真と文があった。

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安物のグラス、白ワイン。冬の陽光による安物風の白いテーブルの上の輝くようなその影。その美しさに思わずカメラを取り出した。ただそれだけのことであるが、その時の光景と沢木さんの心情が伝わってくる。

 

あとがきに

他人からすればどうしてそんなものを撮るのだろうと不思議がられるようなものばかりだが、あの写真たちは私がなぜ撮ったかの「意味」をあたえてあげられたらどうか、と

そして前書きには

しかし、旅を続けていると、ぼんやり眼をやった風景のさらに向うに不意にわたしたちの内部の風景が見えてくる事がある。

 

私にも似たような経験があるが、そのことを他人に伝えようとする時、得てして写真を多用し長々とした文章で説明する。沢木さんのように一枚の写真と短い文章で、その情景と心情を伝える事が出来ないものであろうか。