Legacy/Heritage/遺産

最近のオリンピックレガシー論議にはうんざりである。まるでレガシーと言う遺産を後世に残すことがオリンピックの目的でもあるかとの錯覚を起こす。オリンピック憲章に

"To promote a positive legacy from the Olimpic Games to the host cities and countries"

とあるから満更間違いではなさそうである。皮肉の見方をすれば後世の人たちにとっては、負のレガシーこそ貴重な遺産と言える。

 

一方、ワールドヘリテイジも人気観光地として賑わっている。ユネスコのHPには

世界遺産とは、地球の生成と人類の歴史によって生み出され、過去から現在へと引き継がれてきたかけがいのない宝物です。現在を生きる世界の人びとが過去から引継ぎ、未来へと伝えていかなければならない人類共通の遺産です。」

とある。しかし、日本では観光による地域振興を目的に世界遺産登録が論議され、本来の保全という目的が見えにくい。

先日和歌山県主催の「世界遺産シンポジューム」に出かけた。10年前に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」のその後の保全活動の成果としてあらたに掘り起こされた資産の追加登録が承認された事を機に開催された。お祝いと観光客誘致の色合いが感じられたのは止むをえないが、パネリストの一人デービッド・アトキンソンさんのコメントが印象に残った。彼はイギリス人でありながら江戸時代から続く国宝・重要文化財等の修理を手がける企業の代表取締役社長を務めている。

 

ヨーロッパでは世界遺産を謳って地域振興や観光客誘致を図っていない。特別なイベントで誘客を図ることなく本来の有り様を見せる。

 

そう言えばスペインやポルトガルで多くの世界遺産を訪れたが、これは世界遺産だと言う意識はほぼなかった。また昨今の海外からの、特に欧米からの観光客の行動を見ていると納得がゆく。

 

五月に熊野古道の伊勢路・中辺路を歩いたが、その後関連の本を読み、映像を見て紀伊山地の歴史的背景や地域特性を深く知るにつけ、再度熊野古道を歩きたいと思う気持ちが強くなった。そこで紅葉の季節にゆっくりと歩くことにした。今回は、嘗てから訪れてみたいと思っていた十津川村を通る小辺路(高野山熊野本宮大社)を歩き、その後一晩語り明かそうと約束した庄次屋の主人を訪ねて熊野市から伊勢に向って伊勢路を逆に歩く予定。スタート は11月7日「真田丸」でお馴染みの九度山駅です。

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高野山の表参道「町石道」

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天空の郷 「果無集落」

可能な限り毎日ブログ発信しますので、宜しければ"Virtual Pirigrimage" よろしく熊野古道を一緒に歩いてください。

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ガウディを訪ねてを終えて

念願のガウディ作品の訪問を終え、感じたことを写真の助けを借りながら文章にしてみた。多くの出版物や映像で紹介されているので、出来るだけ自分が見たものを写真で、感 じたことを文章で表現してきたが、生半可な知識、平凡な感性、そして貧弱な文章力で、結果はありきたりのものになってしまった。私個人の記録はここまでと諦めた。

最近、下村純一さんの「不思議な建築ー蘇ったガウディ」( 講談社現代新書) を読んでいて、私が感じ文章化したかったことを適確に記述されている文章に出会った。下村さんには申し訳ないが、その文章をもって私の総括とさせていただきたい。

 

不思議さの元は、彼の建築に備わった、動きにあるのではないだろうか。それは、リズミカルでスピード感や警戒感を呼ぶ機械的な動きではなく、うごめく、脹らむ、皺が寄る、波打つ、畝るといった、生物や大自然の営みに立ち現れる動きである。建築表現に動きが与えられることだけでも、ふつうでは考え難いのに、ガウディは、むしろグロデスクな印象を与えかねない不規則な動きを、積極的に表現の中に織り込んだ。建築は、昔から揺ぎない姿で立つものと決まっているのに、である。

 

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カサ・バトリョファサード

 

包まれるという印象も、またもう一つのガウディの不思議さといえる。ふつう、建築空間は壁によって囲まれるものである。それがガウディの建築では、カサ・ミラの玄関ホールやカサ・バトリョの階段室で見られるように、中に吸い込まれてゆく、あるいは袋ですっぽりとくるまれてしまう、そういった印象を強く人に与える空間に仕立てられている。壁に囲まれた四角い空間ではないのである。

 

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 カサ・バトリョの階段室

 

おっと、忘れていた。もう一つの"ガウディを訪ねて"があった。市街地内にありながらちょっとばかり外れている上、最も大人しい作品の為か殆ど注目を浴びていない「カサ・カルベ」(1898~1900)。地図を頼りに探し出会った人に所在を聞くがわからないと言う。やっとの事でたどり着いた。砂岩切り石積みの事務所兼住宅である。6年後に手がけるカサ・バトリョの原型を見る感じである。

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しかし、第 1回のバルセロナ建築年間賞に輝 いた完成度の高い作品である。

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 内部はバロック的な様式の装飾に溢れているとのことであるが、残念ながら非公開のため目にすることはできなかった。一階にはレストランが入っているが、営業時間外のためエントランスを外から眺めるだけ。

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 住宅エントランスの巨大なドアノッカー?が印象的であった。

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建築学校卒業後最初に手掛けた街灯が立っているレイアル広場にも立ち寄る。学校を出たばかりでこれだけのものを仕上げるとは凄い。周りの建物にも負けていない。

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そしてメインストリートの歩道に敷かれたタイルも忘れずチェック。特殊な工法で作られ摩擦に非常に強く、今でもしっかりと収まっている。。3枚並べると巻貝や人手そして植物らしきものが現れる。実際はもう少し青っぽかったと思う。カサ・ミラの内部の床にも使われていた。

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これでもう思い残すことはない。

美術鑑賞大国ニッポン

上野の東京都美術館で開催中の「ゴッホゴーギャン」展に出掛けた。毎月第三水曜日は"シルバーデイ"として65歳以上の人に対して都の美術館が無料開放される。スペインでもプラド美術館を初め多くのMUSEOが色々な形でこのようなサービスを実施しており、方々でその恩恵に浴し美術鑑賞をさせてもらった。巡礼路上のカテドラルではクルーデンシャルを提示する事により無料入場ができた。

 多額?の 税金を払ってきたものとしてはこの特典(都民以外も可)を享受すべきと第三水曜日に出掛けた。高齢者にとってはゴッホゴーギャンの二大巨匠と言えば"向日葵"や"タヒチの女"が美術の教科書やカレンダー等で脳裏に色濃く刷り込まれており、おまけに時間の制約が少ないときているから、どっと押しかけるのではないかと思案した。「若冲」の時エライ目にあったので今回は開場時に合わせてと思い、10分前にゲートに到着した。

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ところが何と既に長蛇の列 

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でも何とか30分後には入場できた。当然ながら内部は大混雑で読みの甘さを悔やんだ。鑑賞後、出口には40分待ちの掲示あり、次々と人が押し寄せていた。なお、「若冲」の時は入場に時間がかかり内部は混雑していたが、閉館前30〜40分は人も減りゆったりと鑑賞できた。

因みに、展示作品は二人が影響を受けた作家や影響を与えた作家の作品を交え、両者の関係性をうかがわせる作品が中心で、大半の人が期待していた作品は最後に少しであっただけであった。でも本物を見たことで満足した人が多かったと思う。

 

午後は美術館のはしごで白金の庭園美術館に向かった。映像作品やインスタレーションを発表しているフランスのアーティストのクリスチャン・ボルタンスキーの作品展。匿名の個人/集団の生(存在)と死(消滅)そして記憶をテーマにしているとのことであったが、私には少々難しすぎた。

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 その中で「ささやきの森」は現在開催中の瀬戸内芸術祭の豊島で出品中のインスタレーションの映像を大きなスクリーンに流していた。説明文によると

 

   次第に大きくなる森のざわめきを頼りに小道を歩いて行くとついに出会う、木々の間でさざめく数   百の風鈴、木漏れ日、そしてその光に反射して煌く「誰か」の大切な人の名前。それらが重なり合う情景はずっと穏やかな印象を与えます。

 

床には切り刻まれた干し草が敷き詰められている。視覚/聴覚/嗅覚/触覚に訴えてくる作品で、暫く佇んでいると"デジャ・ビュー"感が沸き起こってくる。いや、これは現実に味わった感覚である。熊野古道の木立の中で休息を取っていた時に同じ感覚を味わったのを思い出した。

 

「巡礼の地」が映像というメディアを介してこの東京都庭園美術館に出現し、新しいエモーションの共振を生み出します。

 

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「ささやきの森」

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 熊野古道「大雲取越」の円座

 

同時に「アール・デコの花弁」として旧朝香宮の室内空間の魅力を紹介していた。限られた展示物しかない室内空間を鑑賞できた。

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大食堂

その中で目に止まったアール・デコ展のポスターは非常に暗示的であった。

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ガウディを訪ねて 19-グエル館 20150703

 屋上に出るとカサ・ミラカサ・バトリョでお馴染みの尖塔群のお出迎えである。尖塔は機能としてはそもそも煙突や換気塔であるが、当時は余り関心が払われていなかった屋上空間にこのような造形を持ち込んだのは何故だろう。

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この発想は此処が原点であるが、その目で見れば他の二邸に比して異形ではあるものの形や色彩がややシンプルである。それにしてもじっと眺めていると知らず知らずSF映画やおとぎ話の世界へと誘い込まれてゆく。

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 見学を終えて表の道を歩きながらふと振り返ると、午後にはバルセロナを離れる私を屋上の尖塔群が並んでお見送りをしてくれていた。ガウディの意図は此処にあったのだと勝手に納得しながら荷物をピックアップする為宿に向かった。

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ガウディを訪ねて 18-グエル館 20150703

バルセロナも今日で5日目で、午後にはRenfeでローマ人が造った都市タラゴナに向かう。最後のガウディは宿に近いグエル邸(1886〜1890)。 宿に荷物を預け開館までの時間に葉巻型のオフィスビル"トラ・アクバル"と鏡面ガラス天井の"エンカンツ市場"へ。

別邸の設計で既にグエルとは関係ができていたが、別館とは言え本邸の設計ということで意気込みは並大抵ではなかった。色々の試みがなされておりその後の作品の原点に出会う楽しみがある。

入口は二つのパラボラアーチ。デザインとしての曲線は多く見かけるが、ガウディの曲線は構造上の合理性を追求しそれが自然界にある曲線であるとしている。上部に水平に展開する鍛鉄製の装飾を施した方形の開口部の取り合わせが面白い。

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館内に入り振り返ると大扉の繊細な装飾が美しく浮かび上がる。

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 一番の見所であるサロンに向かい二階に上がる。此処でも控えめな照明による光と影の競演が見られる。

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 見上げると星空を思わせるクーポラ天井。壁面は金色に彩色されているが決して豪華絢爛ではなく、中尊寺金色堂金閣寺を思わせるしっくりと落ち着いた豪華さを感じさせる。

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 上階に上がり見下ろすと鼈甲で装飾された扉の奥に礼拝堂。この空間に佇んでいると自分まで豪華な気分に浸れる。

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意図したものではなかろうが階段の壁面に浮かび上がった手摺の影に妖しさを感じる。

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続く

 

 

 

 

ガウディを訪ねて17ーカサ・ミラ 20150702

カサ・ミラにも多くの見所があったが、最も印象に残っているのは二つのエントランスに描かれた壁画と天井画である。

賃貸住宅用のアメーバを思わせる鍛鉄製の扉を潜ると弱々しいランプの光に幻想的な世界が浮かび上がる。洞窟にでも迷い込んだか、それとも何者かの体内に飲み込まれたのかと思わせ、色褪せた天井画が100年の刻を実感させる。

ガウディが学生時代に身近に置いて愛読していたゲーテの「自然論」に次のような一節がある。

     生命体の曲線は最も合理的で美しく、自然に直線はない。

     自然の色彩こそ生命である。

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邸内を巡り出口に向かう施主邸宅の主階段に出る。此処にも空間いっぱいに描かれた天井画と壁画に圧倒される。当然ながら賃貸部分のエントランス空間を凌駕する。

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 天井画は一見するとある種の妖しさを感じさせるが、ディテールに視線をズームさせるとそこには心を和ませる可愛らしい花々が描かれている。

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足元に目をやると地下の駐車場に向かうスロープが鍛鉄製のガラリ越しに垣間見える。そこには天井画と対照的な淡い色の破砕タイルがあしらわれている。

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パティオのボイド空間の壁面にも何気なく壁画が描かれている。

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ガウディを訪ねて16ーカサ・ミラ 20150702

 カサ・バトリョ見学の後、モンタネールのモレラ邸のツアーに参加、昼食を済ませて13時予約のカサ・ミラに向かった。実業家ペレ・ミラが同じグラシア通りに完成したバトリョ邸を見てガウディに設計を依頼した高級住宅である。(1906〜1910)ガウディの最後の住宅建築であり、空間構成はバトリョ邸に類似しているがバルセロナで最初の地下駐車場を設けており、市街地住宅の集大成ではなかろうか。通称"ペドロラ(石切り場)"は今ではその外観への驚きと賞賛の言葉として投げかけられているが、当時はその斬新さに皮肉を込めた不評の呼び名であった。 ついでにこの建物も種々のトラブルからガウディは途中で手を引き最後は彼の弟子が完成させている。

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  賃貸住宅のエントランスから階段を上がる。バトリョ邸に比し大人しめであるが 照明効果が雰囲気を醸している。

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ここでも換気と採光目的とした二本のボイド空間が設けられているが、開口部は下に行く程大きくするなどきめ細かい配慮がなされている。

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壁面には壁画も 

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 直島の地中美術館を思わせる

 

当時は耐力壁で建物を支えるのが一般的であったが、現在では主流の柱と梁で支える構造を採用しており、大きな開口部が十分な採光を可能にしており、更に自由な間取り変更を可能にしている。

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 明るいキッチン

 

最上階はバトリョ邸同様タッパの高い美しいパラボラアーチ。居住者共用の物置や物干し場として使われ、夏の暑さのバッファー空間でもあった。

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屋上には宇宙人の襲来を思わせる煙突や換気塔の集団。破砕タイルが貼られていない上顔を思わせる造形は真に迫ってくる。

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 下を覗くと外壁の石張り がのたうっており、雨は少ないものの屋上の水処理はちゃんとなされているようである。

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続く

 

 

 

 

 

 

 

 

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