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一期一会 フランス人の道ー1

巡礼中に数多くの人々との出会いがあった。地元のスペイン人はもちろんの事、カソリックを主体としたキリスト教信者や私のような他の宗教信者等、世界中の様々な国からやってきた巡礼者との出会いである。残念ながらイスラム教信者や南アフリカ以外のアフリカの国からの人には出会わなかった。
一時の出会いであったがいつまでも忘れられない人、密度の高いコミュニケーションを持てた人。その出会いはある時突然であり、別れはある時何となくであるが、今でもそれぞれの場面がはっきりと思い出される。これが私の大事な一期一会であろうか。この言葉は茶の湯からきており、一生に一度の出会いを大切にしようということらしい。何人かとは今でも時にメールを交換しているが、ほとんどの人とは今後のコンタクトは期待できない。そこでだんだんと希薄になる思い出を書き留めておきたいと思う。

1912年初めての巡礼に出かけ、8月30日に出発地フランスのSainto-Jean-Pied-Portnoのアルベルゲ(巡礼宿)でコンタクトしたのがポーランド人とスペイン人のペア。留学先で出会い今はポーランドで共に
生活をしているとの事。その後何度か巡礼路上でそして宿での出会いがあり、お互いの国や文化そして巡礼に対する思いを話し合った。そして9月20日が別れの言葉もない別れとなった。日本人のような物静かな二人で、一緒にいるでけでホッとする時間が持てた。

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9月11日、世界遺産の大聖堂で知られたBurgosで夕食をとるべくレストランの店先でメニューを覗いていた時、後ろのテラス席から突然声がかかった。振り向くと10人位の集団が食事中であった。
よかったら一緒に食事しないかとの誘いに否応なくOK。いつも注文に手を焼いていたので渡りに船。
話していて分かったが、スペイン人の集団に途中からイタリア人とブラジル人が加わってできたグループ。出たり入ったりの緩いグループとの事。陽気なラテンの馬鹿騒ぎに乗せられてしこたまビールを飲み、疲れを忘れて宿のベッドに倒れこんだ。
その後何度も出会いがあったが、10月23日に巡礼路上で最も古い教会のある村O Sebreiroで別れを告げた。
西洋人は日本人に比して足が長くストライドに差があり、さらに年齢による体力差から長距離を一緒に歩くことは難しいが、幸いなことに彼らは食事などで休憩を取ると長時間にわたってワイワイやっており、先を行っていたと思うと、突然後ろから amigoの大合唱。暫く話しながら一緒に歩くが、いつの間にか置いていかれる。これでいいのだ。マイペース! マイペース!
彼らは人数が多い為か私が泊まる比較的小規模の宿では同宿をすることはなかった。ある時、ベッドで横になっていると同宿の者が「ここに日本人が泊まっていないか」と言って表で騒いでいるがお前のことではないか伝えてくれた。出てみるとあの集団が突然大声で"happy birthday to you"の大合唱。自分の誕生日は5月のはずだがと思いながら何事かと尋ねたら「この先のイラゴ峠に鉄の十字架がありその足元に持参してきた石を祈りを込めて積むのだ、明日朝迎えに来るから一緒に祈ろう」と誘ってくれた。大合唱の意味は深く追求しなかったが、ありがたいことに本当のamigoとして遇してくれているのだ。
翌朝スペイン人には珍しいことに、彼らはまだ暗い中を約束の時間に宿にやってきた。
もう一つ。ある宿でベッドの上に置いていたヘッドランプが見当たらない。巡礼仲間たちを疑いたくないが。しかし早朝に行動を起こすには不可欠な装備。田舎の為すぐに入手できないので他の人の明かりを頼りに数日過ごした。ある時この集団に出会った時話しつでにこの事を愚痴ると、リーダー格の男が「自分は仲間がいるから」と自分のライトをアッサリと譲ってくれた。
でも、そのランプを今回の巡礼でうっかり落としてしまった。申し訳ない。

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