桜開花

連日、早朝のお花見を愉しんでいる。石神井川沿いのウオーキングコースはメジャーではないが立派な?桜並木である。日の出前の往路は夜桜。そして、日の出後の復路では薄青色の空にサクラ色の花々が浮かび上がる。歩を進めながら独り占めのお花見を満喫する。

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「上野ナイトパーク」と題する公開シンポジュウムに出かける。上野の豊富な文化資源を活用しながら、人出の途絶える夜間にも上野のお山に国内外の観光客を集めようという企みである。確かに狙いは良いが、国、都等の強力な権利者?が絡みその調整が難問らしい。帰路は今を盛りの満開の桜の下、出来上がった花見客で大混雑である。風情も何もあったもんではない。

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行きつけの八重洲の歯医者に歯のクリーニングに出掛けた。朝のニュース番組で当日4月4日は歯周病の日といって特集を組んでいた。自由の制限された口であったが、この話題で歯の健康の重要性を再確認。因みに6月4日は虫歯の日との事。昼食の後、都心の喧騒の中の桜並木を歩く。普通の桜ではあまり見かけないが、あちこちの樹木の幹にひっそりと花が顔を覗かせている。「頑張っているな!、、」が私の感想であった。

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先月の21日、六本木 に花見に出かけた。花見とは言えFUJIFILM SQUREの竹内敏信写真展"日本の桜"である。永年日本列島を走り回って撮影した桜である。同時開催の弟子たちのトークイベントによると、車で走りながら瞬間的見かけた桜を撮影するのだそうだ。地上に散った桜もある。それを聞いてみると確かに所謂"美しいサクラ"ではなく、何かを感じさせるものがあり、それが何かを考えながら見る楽しみがあった。

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因みにこの日に東京の開花宣言があった。

 

続 変わらない美・変わりゆく美

東京国立博物館平成館の企画展は質の高い展示で多くの人を集めているが、「日本の考古」 と題した常設展はあまり知られていない。今回はそちらに足を向けた。最近縄文土器が美の対象として関心を集めているが、考古と言えばどうしても歴史の対象となる。然し、展示物は重要文化財のオンパレードで中には国宝も見かけられる。難しく考えずに眺めているだけで結構楽しめる。

まだ時間があるので、以前訪れたことのある法隆寺宝物館に向かう。ちょっと外れた所にあるので立ち寄る人は少ない。前面に水盤を配した宝物館が現れる。平成11年に建築家谷口吉生氏の設計で建設され、建築学会賞を受賞した立派な鑑賞の対象物である。大きなガラス面に映り込む前面の風景は一服の絵画を思わせる。片隅には大正天皇の皇太子時のご成婚を記念して建てられた日本で初めての本格的美術館と言われる表慶館の緑青の浮き出た緑色の屋根も収まっている。

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そして水面にも

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 館内では皇室に献納され戦後国に移管された7C中心の法隆寺の宝物を、保存しながら広く一般に公開している。8C中心の正倉院の宝物と双璧を成すものと言われている。

一階の展示室にはガラスのケースに収まった48体の小金銅仏が居並んでいる。ここでも重要文化財のオンパレードである。

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中宮寺広隆寺にも安置されている菩薩半跏像も見られる。小粒でありガラス越しではあるが、絶妙な照明の下で間近に眺める仏像に暫く見入ってしまう。

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そして、教科書で見たであろう摩耶夫人。袂から誕生したばかりの釈迦が顔を覗かせている。

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時間が迫ったので奏楽堂へと向かう。ところが門は閉じられたままで、その前には数人の人が何やら不安そうに佇んでいる。パンフレットで会場を改めて確認する。なんと、そこは嘗ての東京音楽大学の移築された旧奏楽堂で、イベント会場はその旧奏楽堂が嘗て建っていた場所に建てられた東京藝の"新"奏楽堂であった。旧奏楽堂の内部に入れるのを楽しみにしていたが残念。

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青柳晋さんのショパンの楽曲のピアノ演奏に始まり、様々な演出を絡めたシンポジュウムが続く。中でも圧巻は林英哲一座の和太鼓演奏と池坊次期家元とその弟子による生け花のコラボは圧巻であった。十分に満足の行くイベントであったが、こうした豪華なパフォーマンスを市民にfreeで提供してくれた藝大の太っ腹には感服した。

という事で、古今東西の美を渡り歩いた1日は私にとっての「変わらない美・変わりゆく美」に触れ合えた充実した1日であった。

 

変わらない美・変わりゆく美

gggに出掛けた。DNP(大日本印刷) が創業の地である銀座に設立したグラフィック専門のギャラリーのギンザ・グラフィック・ギャラリーである。NHK日曜美術館のアートシーンがここで国や都市の地図をモチーフにしたシルクスクリーン作品の展示会の紹介していた。小さい時から地図に興味を持ち様々な形で地図に接してきた。これを見逃す手はないと出掛けた。

作者は世界有数のグラフィックデザイナーのPaura Scherさんとの事。作品に囲まれて感じたのは、美術品としての質の高さは当然のことながら、その画面構成や多様な色遣いからその土地の空気感がひしひしと伝わって来たことであった。"アメリカ合衆国"

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眺めているうちに地図とは異なったものであったが、同じ様なものにであったと感じた。そうです、以前紹介した皇居東御苑の石垣である。

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 アメリカ合衆国は固有の州が積み重なって国家が出来上がっている。姿形の異なる石を積み重ねて石垣は作られた。美を超えたものに思いを至らせる。

"TOKYO"も忘れずに描かれていた。

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我々が平素眺めている東京の地図のイメージは伝わってこない。作者はカオス状態のTokyoを表現したかったのであろうか。

旅の先々ではローカリティ溢れたガイドマップを手に入れた。

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そして、レプリカであるが念願の伊能図にも出会うことができ、地図上に足跡を残すこともできた。

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そして、今日は新しい地図の面白さに出会えた。

地階には印刷物としてのポスターやレコードジャケットの作品も展示されていた。文字や数字をモチーフとした作品はパリのサンス館で偶然見かけたポスターを思い出させた。

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企業をイメージした作品で右は"トヨタ"

実は、メインイベントは今夜上野の東京藝大で模様されるコンサート・シンポジュウム"変わらない美・変わりゆく美"にあった。

上野公園には桜開花を前にして(当日は19日)外国人観光客で溢れかえっていた。蕾の桜を嬉々として撮影する様を見て、海外では当たり前のものをチェックの撮影する日本人が思い浮かんだ。

余裕の時間を使って東京博物館の平成館に足を向けた。   次回に続く

 

時節柄、確定申告の為税務署に出掛けた。帰り際に立ち寄った公園で私の好きな"実と虚" の風景に出会った。春近しを感じさせた。

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Armagnacの宿

「ル・ピュイの道」の巡礼行は32日であったが、前後の寄り道を加えて39泊41日の旅であった。巡礼中の宿は主としてGiteと言われるフランス版のお遍路宿であり、ベッド数は大半が10〜20と小規模で、男女共同のドミトリータイプである。食事を提供する家族経営の民営と自炊主体の公営があり、料金は2食付きでほぼ€30〜35,素泊りでほぼ€15〜20で公営がやや安めである。スペインの宿albergueと異なり予約が効く為、収容力が少ない村や観光地の宿は国内からインターネットで予約し、後は現地の観光案内所に予約をお願いし、2〜3箇所を除いて希望通りの宿に宿泊できた。

中でも満足度の高かった2〜3の宿を半年後の今思い起こしてみる。

「ル・ピュイの道」巡礼のブログで気になる宿に出会った。コニャックと並ぶブランデー産地のアルマニャック地方のカーヴを持つ宿で日本で言う"農家民宿"である。ブランデーには特段の知識もこだわりも持たぬ私ではあるが、普通の観光では触れる事はないフランス人の生活を垣間見えるのではと宿泊を決めた。人気が有るらしいがメールアドレスは無く、現地の観光案内所office de tourisme から無事予約。

アレクサンドル・デュマの"三銃士"  のダルタニアンがパリへと旅立ったとされるCondom。中央広場の大聖堂前には立派な銅像が建っている。因みに名前から類推される様にコンドームはこの街発祥と言われている。興味深い街であるが先を急ぐ。途中から巡礼路を外れ以前紹介した"美し村"Larressingleに立ち寄る。やがて人家も人影も見当たらなくなる。少し不安を感じた頃ブドウ畑の中に宿の看板を見つけた。そしてその先に一軒の農家が佇んでいた。ここが今夜の宿。

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夕食までの時間目的も無く付近をぶらつく。木陰にキャンピングカーを見つけた。ブログを書いた人は予約を取れなかったが何とか頼み込んで此処にベッドを確保したとあった。

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敷地内のあちこちでは小型の馬やロバが悠然とうろついており、七面鳥?や 猫が昼寝をしている。暫くの間長閑な時間を満喫する。

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夕食の時間が近づくと嘗てのマドモアゼルが湧き出してきた。農家に付随するカーヴで 夕食前のブランデーの試飲の時間である。

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カーヴの中に入ると家族経営のためなのか樽の量はそんなに多くない。フランスの一般的な農家を実感する。オーナーが説明を始めるが全く理解不能である。しかし、屋内に漂う芳醇な香りと目の前に並ぶボトル群で十分である。そして何種類かのブランドが供される。観光地での試飲と違いエンドレスで次々とグラスに注ぎ込まれる。結構出来上がっていよいよ夕食となる。

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食堂の長いテーブルに自由に席を占めるが、両端にはオーナー夫妻が座り食事を共にする。これが家族経営の宿の一般的な夕食である。

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隣のキッチンではオーナーのご両親も密かに食事を共にしていた。

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料理は所謂ローカルフードであろうが味とボリュームは満足である。

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味はシンプルであり物足りない場合は塩胡椒で調整する。

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デザートのケーキにもドボドボッとブランデーが注ぎ込まれる。

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フランス語とほんの少しの英語の長い 晩餐であったが十分に楽しみ、フランスのライフスタイルの一端を垣間見る事が出来た。

壁に貼られた価格表が目に入った。一般的な価格は知らないがどうも安価な様に思えた。田舎の小規模の農家の現地価格であろうか。

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灯りのない外に出ると静まり返った空気の中で濃くて青い空が目に沁みた。

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この宿の選択は間違いなかった。

 

 

 

旅での出会い 建築

先日建築家の磯崎新氏がプリッカー賞を受賞したというニュースに接した。建築のノーベル賞と言われ、建築に関心のあるものにとっては喜ばしい出来事である。ハイアットホテルのオーナーが設立したハイアット財団が1979年から毎年一人の建築家に授与している。受賞者の約2割にあたる8名が日本人建築家である。

ところで、海外を旅していると様々な形で"日本"に出会う。どちらかと言えば装飾過多の建築物の中で、シンプルでありながら凛として佇む"日本の建築"が一時の安らぎを与えてくれた。

「北の道」のゲルニカを過ぎると翌日はグッゲンハイム美術館で一躍脚光を浴びたビルバオに到着する。ネルビオン川に架かるワイヤーで吊られた軽快な白色の人道橋ズビズリ橋に接続して磯崎氏の二本の塔のイソザキ・アルテが屹立していた。アルテはバスク語で「門」を意味し、二本の塔がまさに新市街のゲートとなっている。オフィスと住宅の複合建築である。

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バルセロナのモンジュイクの丘の麓の繊維工場がリノベーションによりカイシャ・フォーラムの名の下にイベントホールに生まれ変わっている。白一色のエントランス部分はスペインの濃い青空の下、工場の古い建物と上手く一体化していた。これも磯崎氏によるものである。

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バルセロナ中心市街地のカサ・ミラカサ・バトリョの間に、白い波模様のファサードがガウディ作品に伍して存在感を示していた。プリッカー賞受賞者の伊東豊雄氏のデザインである。

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地中海沿岸のパエリア発祥の地はバレンシア。市街地のはずれに建つバレンシア近現代美術館の拡張計画はSANAA(妹島和世+西島立衛)が手掛けている。お二人はパートナーとして複数でプリッカー賞を受章している。敷地奥の拡張であり、更に展示会準備中の為休館中の為、はるばる訪れたが残念ながら空振りに終わった。

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ところで、もひとつ。先日スマホを覗いているとtenki.jpで日本気象協会の中川裕美子さんが"2日連続の天体ショー"として、月と土星、金星の接近についてコメントしていた。2日の早朝3時半頃月と土星、3日の5時前に月と金星が接近するとあった。正月に月と金星の接近を偶然見かけたが今回もと期待を持って空を眺めた。2日の4時半の東の空には三日月は見えたが土星が見当たらない。離れた右上の方に明るい星が見えたが少し遅かったのか。肉眼では土星の環は見えないそうだが、何となく環らしきものが窺えた。

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翌3日は残念ながら生憎の曇り空。又いつの日かの偶然の天体ショーに出会う日を楽しみに・・・・・

フランスの最も美しい村ーVezelay4

 帰りのバスまで十分の時間があり、大聖堂への参道を再び目的もなくぶらりぶらりと登って行く。到着時には大聖堂を目指していた為、無意識に眺めていたものが見えてくる。両側の建物は古いものに手を加えたもので違和感を抱かせる新しいものは見当たらない。赤くペイントされた窓や扉も上手く収まっている。

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ハーフティンバーのファサードも特段の古さを感じさせない。

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目を挙げると居並ぶ看板は屋外ギャラリーの感がある。

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横道にそれるといつの時代のものか廃墟も残されていてこれも一服の絵になる。

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屋根の上では半裸の男性が屋根の修理をしている。相当古い建物であるが、建て替えをしないでリノベーションをしながら使い続ける。

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巡礼者の為の宿があり、中を覗くと古いもののかつてはそれなりの人の住まいであったのか、それなりの趣がある。

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日本でも朝霧に浮かび上がる天空の城が人気があるが、ここも朝霧に浮かび上がる大聖堂が見ものと言われており、この宿に泊まっていればと欲望が広がる。

観光地では付き物のお土産屋や飲食店は余り見当たらず、洗練されたファサードのギャラリーが軒を連ねている。他の観光地でも見られたが、芸術家が住み着き作品を制作し、それをお土産として提供しているようだ。いかにもフランスである。

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時間の余裕もあり、何軒か覗き込み拙い英語で話し込む。現地からの便りでも書いたが、前橋に息子が住んでいる女性とその兄弟らしい二人が経営するギャラリーでしばらく話し込んだ。帰りにはお土産にと作品の版画をいただいた。ただ見て回るだけでなく現地の人に話しかけ、生活の一端に触れるのが私の旅の大きな楽しみである。結構日本になんらかの縁のある人に出会える。乏しい英会話力に歯嚙みしながら頑張る。

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ゆったりとした時間を過ごし、清々しい青空の下に佇む ヴェズレーに別れを告げた。

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吉村氏は「マグダラのマリアに由来する大聖堂のある巡礼の出発点」 と述べているが、

敢えて言わせて頂くとベズレーとコンクはもう少し踏み入った表現が欲しかった。

訪問した「フランスの最も美しい村」 を紹介してきたが、なるほどと頷ける村もあるが,首を傾げる村もあり・・・であった。

フランスの最も美しい村ーVezelay3

外に出て聖堂の側面を見上げると軒の部分にも彫刻が並んでいる。

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よく見ると人や動物の顔の様に見えるがどれも異様な容貌である。遥か彼方のシルクロードのあたりに住む想像上の怪物で、一種の魔除けらしくユーモアに溢れた表情は、柱頭彫刻同様飽かず楽しましてくれる。

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裏に回り込み聖堂を背面から眺める。その瀟洒な姿は巨大な聖堂には見られない趣がある。

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側の樹木の圧倒的なボリューム感は樹木フェチにとっては堪らない眺めである。

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聖堂裏手の広場の前に展開するブルゴーニュの田園風景は第三の見所である。

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丘を下り周回路を歩いていると城塞都市であった証の立派な城門が残っている。

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更に進むとこんもりと佇む木立の中に赤と白のマークのある標識がが見える。ヴェズレーはフランスの主要巡礼路出発点の一つであり、これを辿って行けばあのサンチャゴ・デ・コンポステーラにたどり着くと思うと又々アル中が再発しそうになる。

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鐘楼は隠れているが樹間にヴェズレーの家並みが垣間見える。

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先日、東京都美術館の「綺想の系譜展」に出かけた。江戸時代の絵師岩佐又兵衛の"妖怪退治図屛風"の妖怪は悪の対象として描かれていた。

次週に続く