一期一会 <はやしさん>

「ベストエッセイ  2017」(光村図書)で「書く技法二つの仮名生む」と題した馬場基さん(奈良文化財研究所主任研究員)のエッセイに出会った。目的を同じくする表音文字に2種類もあるのは何故かと言う疑問に対する私論を述べている。「日本の小学生は、ひらがな、カタカナ、漢字と、3種類もの文字を習得しなければならない。」から始まる。長くなるので勝手ながら要約して紹介する。

中国の漢帝国では、書記官たちは板切れを手に持って文字を記す身体技法を駆使した。7C百済滅亡時に大量の移民が日常的な筆写技術を日本全国各地に普及させた。手持ち筆写では、筆圧の変化などは不都合だから、メリハリの少ない続け書きを多用した。そこに行書体、その先にひらがなの姿を見ることは容易だ。

一方、仏教と共に伝わった仏典は机上書写の世界だ。そこには訓読方法の指示記号や註釈を釘状の道具で記す手法があり、どうしても直線的な筆画や省画が多くなり、仮名への展開も異なっていた。

二つの身体技法が二つの仮名を生み、辺境の特性が二つの身体技法を温存させ、日本文化の中に今日まで根付いてきた。「幸せなことではないか。日本の小学生は、独自の美的l感覚によって、3種類もの文字を織りなして、多様で繊細な表現を紡ぎ出すことができるのだから。」と結んでいる。

「北の道」の宿のベッドで横になっていると、二段ベッドの上段に東洋人らしき若い女性が荷物を置いた。後刻談話室で見かけたので話しかけた。ブラジルから来た日系三世で"はやし"と名乗った。一人旅であるがスペイン人のグループに加わり、今日は単独で先行し食事を準備し仲間を待っていると生き生きと話す。日本の事はあまり知らないと言うので、日本文化の紹介の一環として「日本は4種類?の文字を持っている。」と言って、手元の紙ナプキンに漢字、ひらがな、カタカナ、そしてローマ字で「はやし」と列記した。驚きと喜びを顔に浮かべ、国に帰ったらお爺さんに見せたいと言って、それを受け取り大事そうにバッグにしまいこんだ。

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「北の道」Miraz  2014/06/19