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ガウディを訪ねて④ーサグラダ・ファミリア贖罪聖堂/20150630

二十数年前にバルセロナを訪れ、ガウディの作品の幾つかは駆け足で見て回った。然し、いつかユックリと時間を掛けてと思っていたが、昨年5日間 思い残すことなくバルセロナを歩き回ってきた。
6月30日、市街地北部に点在するガウディの作品を訪れるべく先ずサグラダ・ファミリアに向かった。
ご存知のように1882年に着工したが、前任の建築主任がデザインをめぐる対立から辞任したのを受け、翌年殆ど実績のないガウディが31才で後任の建築主任に就任し、建設途上の1926年に73才で亡くなった。そして建設は未だ現在進行形である。近年、ガウディ没後100年にあたる2026年完成と言われているが、外尾悦郎氏によればその後も仕事は続くとのことである。資金的にも工期的にも色々苦労があると思うが雑音は聞こえてこない。多額の資金をつぎ込み3〜4年で仕上げるレジェンドなるものとはものが違う。
隣接する池に映る「逆さのファミリア」は朝が綺麗と聞いた。ひっくり返しても分からない程鮮明に映っている。
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物が物だけに聖堂の詳細は他に任せるとして、深く印象に残ったものを紹介するに留める。
降誕のファサードから中に入る。以前訪れた時は内陣の天井は無く工事現場そのものであったが、今や立派に教会として存在していた。右に目をやると大祭壇には強い光が降り注いでおり、下に立って見上げると天に召されて行く錯覚に陥りそうである。
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側面の壁には色鮮やかなステンドグラスが巡らされており、差し込む光により空気が色付けられているかの如くである。
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塔にはエレベーターで上がるが下りは、是非階段を。お馴染みの螺旋は何度見ても飽きることがない。
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塔は単なる塔では無く楽器だそうである。どんな響きを発するのか街中に立って聞いてみたいものである。
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側廊の小尖塔の頂部は果物を表現しているそうであるが、勉強不足でその意味することは分からない。ただ興味深く見上げるだけである。
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足元にある小さな建物は建設労働者や近所の子供達のための学校として仮設的に建てられた。屋根、壁面共に構造を配慮した曲面でできており興味深い建物であるが、一般の観光客は誰も関心が無いようでただ側を通り過ぎてゆくだけである。
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完全に観光施設化しており宗教施設としての荘厳さを阻害しているのが残念である。ただ視線を上に向けて歩く。