記憶のかけら–ユージンホール

昨日、六本木のTOTOギャラリー"間"「妹島和世西沢立衛/SANAA展」、”フジフィルムスクエア”「ユージン・スミス写真展」、更には銀座の”ギャラリー・グラフィック・ギャラリー”日本のアートディレクション 2020-2021」と私にとっての至福の1日を過ごした。

アメリカの写真家ユージン・スミスは従軍記者として沖縄に赴き、瀕死の重傷を負った。絶望の縁で撮影した幸福の情景「楽園への歩み」が彼の代表作である。

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「楽園への歩みThe Walk to Paradise」William Eugene Smith 1946

 

旅の途上で収めた数枚の写真は、この作品からのインスピレーションに基づく。私は勝手に”ユージンホール”と名付けて、イメージを膨らませている。

 

足摺岬に向かう散り椿の遍路みちを歩いて行く前方にユージンホールが現れた。私もやがては訪れるであろう冥土への入り口だろうか。

葉室凛の時代小説「散り椿」は映画化された。

采女は「散る椿は残る椿があると思えばこそ、見事散っていけるのだ」との言葉を言い残している。

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2012年3月11日 足摺岬へ 高知県土佐清水市「四国遍路」

 

スペインの片田舎。昼前だから老人は朝の一仕事を終え、ユージンホールを抜けて家路に向かっていたのであろう。家では日常のシエスタが待っている。

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2014年6月3日 Soto de Luina 〜Cadavedo スペイン「北の道」

 

5月のポルトガルの日差しは心地よい。日除けを兼ねた葡萄棚の出番はもう少し先だ。疲れからなのか俯きながら歩む巡礼者達をユージンホールが待ち受けている。暗くて見通しが効かない。しかし、スペイン国境は近い。

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2013年5月20日 Barcelos〜Ponte de Lima ポルトガルポルトガルの道」

 

「ル・ピュイの道」巡礼最終日のバスク道。緑のトンネルの続く先に見えるユージンホールは私にとっての足かけ七年にわたるサンチャゴ巡礼からの出口となった。その先の

見通しがないままに

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2018年6月9日 Ostabat フランス「ル・ピュイの道」

 

「僕の一生の仕事は、あるがままの生をとらえることだ」 ユージン・スミス

  「楽園への歩み」 土方正志/佑学社