私が出歩く理由

生まれながらに、疾病により、高齢化により外観に悩みを抱え、現状では医学的な対応が期待できない、そうした方々に抜本的な解決にはならないが、"メンタルメイク"という化粧法により社会参加、社会復帰への後押しをしている「顔と心と体研究会」理事長内田嘉壽子(かずきれいこ)さんの話を驚きと感動をもって聞いた。事前の悩みを抱えた顔と事後の喜びを隠せない表情の対比には、涙もろくなった者にとっては我慢のひと時であった。

 

箱根駅伝でお馴染みの順天堂大学と最後の秘境東京芸大(文庫本のタイトル)が合同で開いた「芸術は医療に何ができるか」と題するシンポジウムに出かけた。シンポジウムに共通するはっきりしない結論であったが、登壇者の話は非常に興味深いものであった。

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失礼ながら芸大澤学長の挨拶はもうひとつであった。(現文化庁長官の宮田前学長の話を聞いていたせいか)しかし続いて披露されたヴァイオリン演奏は曲目を失念したが流石と思わせられた。

 

順大佐藤名誉教授の基調講演 の中で、昨年NHKで放映され科学映画祭総理大臣賞受賞の8Kの超高精細映像によりミクロワールドを再現した「からだの中の宇宙」の上映。監修者としての解説もあり、只々圧倒的な映像に見入ってしまった。ニワトリの胚盤の中で心臓がゆっくりと姿を表す場面・・・これまで見られなかった細胞たちの世界が展開する。

 氏は縄文式土器に対する造詣が深く、その表面に表現された紋様と映像に浮かび上がったパターンの強い近似性を熱を込めて話された。

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座談会に入り前述の内田さんに続き、今話題の「本朝白雪姫譚話」の夕方の舞台を前にした歌舞伎の女形役者の市川右若さんが、ビデオによる化粧の実演を解説。"女の真似をする"のではなく、"女らしくする"との事で、「メイクする」ではなく、「顔をする」と言うのだそうだ。

 

ドイツからやって来て興福寺で修行中のザイレ暁映さんが坊主頭に墨衣で現れる。用件がありその姿で病院を訪れた時入館を止められ、「日本では仏教は”生"の宗教ではなく"死"の宗教として受け止められていると感じた」と言う。「唯識」と言う言葉が心に残った。個人にとってあらゆる存在は「唯」八種類の「織」によって成り立っているとの大乗仏教の見解。"世界は外にあるのではなく心の中にある"と言うことらしい。

 

順天堂練馬病院名誉院長の宮野武さんは絵を描く等芸術に造詣が深く、かつて順天堂病院院長に就任した時、"医療"と"芸術"との結びつきは"癒し"にあるとして、自ら院内の内装や照明等の調度品選定、自作の絵画や写真を季節にあわせて展示、吹き抜けのホールでのコンサートと癒しをベースとした環境改善に着手し、更には病院としては初めてスターバックスを導入した。病気には関係なく一度訪れたい。

 

以上、「かたちとこころー心身の奏(かなで)ー」をつまみ食い的に紹介した。司会の奈良の"せんとくん"の作者藪内佐斗司芸大副学長が動植物の擬態の写真を示しながら、ダーウインの「進化論」の唯一、"生き残れるのは、強いものでも賢いものでもなくInovation(変化)出来るものである。"と総括的に話された。 因みに、先日紹介した文化財保存活動の先頭に立って活動されている。

 

イベントとして津軽三味線奏者の演奏もあった。最も若く17歳で日本一になり多様な人と交わりたいと芸大を目指す。津軽三味線の学科が無い為長唄三味線で入学を果たしたと言う。青森県南部の熊本県出身とユーモアたっぷりのトークも混じる。打楽器的奏法とテンポの速い音数が多い演奏法が特徴であり、生演奏の圧倒感に年甲斐もなく体を揺すりながら聴いた。

 

こうして大学キャンパス内に入ると、私立に顕著であるが施設の立派さには驚かされる。我が学生時代を思うと、時代のせいもあるがキャンパスは広いが施設は機能的に満足できる程度であった。まあいいか、我々の場合ほぼ税金での宛てがい扶持であったが、今ではほぼ学生自らの浄財で賄われているのであろうと推測する。

 

今更知的向上を図ろうとの魂胆はさらさら無いが、感性に就ては少なくとも劣化は防ぎたいとの思いと、体力・気力の低下による引きこもり防止の為に、チャンスを見つけてはあちこち出かけているこの頃である。

 

知識も成長もいらない、大事なのは感性を研ぎ澄ますこと

ものを書くということは、人に想いをつたえていくということ      

                  「不良という矜持 」   下重暁子/自由国民社

 

本年最後でもありもう一言。

フランス国鉄が長期にわたるストに突入している。昨年、私も同様のストに巻き込まれた 。慌ただしいスケジュール調整、数少ない運行便のチケット購入の為駅での長時間の待機と異国での孤軍奮闘の日々を思い出す。苦労が大きければ大きいほど、後々良い旅であったとの思いが強い。それがひとり旅の醍醐味と自己満足しながら今年も暮れて行く。