サクラダ・ファミリアに思う
6月7日にサクラダ・ファミリアの建築許可がおりたとのニュースに、如何にもスペインらしいと思ったが、日本でも似たような事はよくあると自省した。現在はバルセロナに合併吸収されているサルマルティーの役所に1885年に建築許可を申請していたが、回答が無いまま現在に至っているとの事である。多くの人がいつ完成するのか気にしていたが、ガウディ没後100年に当たる2026年完成予定と発表された事により明らかになったのであろう。資金不足による中断やガウディの突然の死(1926年/73歳)、そしてスペイン内乱による貴重な図面の焼失や石膏模型の破壊を乗り越え、ついに完成の時を迎える事となった。
ガウディが別れを告げたサクラダ・ファミリア ガウディのすごい建築/洋泉社MOOK
完成の姿 GUDI Casa/BRUTUS
ところで、"完成させずに建設を続けることこそ意義がある"との意見があると聞くが、私も微力ながらその意見に組する。
2012年,サンチャゴ巡礼にチャレンジし、一ヶ月余一人で黙々と歩き聖地サンチャゴ・デ・コンポステーラに到着した。周りでは目的を成し遂げた喜びでわき返っていたが、私は何かを成し遂げたと言う達成感は無くある種の虚しさを感じていた。巡礼途上の経験や出会いがあまりにも強烈であったせいか、それと希薄な信仰心のせいか。その気持ちが尾を引いて、その後飽く事無く四回巡礼の旅に出た。しかし、未だに達成感が得られていない。
1987年、初めてサクラダ・ファミリアを訪れた。当時は数本の尖塔と地下の礼拝堂は形をなしていたが、聖堂は露天の建設現場で全く宗教空間の体をなしていなかった。そして、2015年に再度訪れた時には、外観は建設中の姿を呈していたが、聖堂内部は既に立派な宗教空間と成っていた。
神々しい佇まいに見惚れる一方、微かな寂しさを感じた。
道中 is Life。
ゴールを切る達成感の中に Life があるんじゃない。
道中だよ。道中 is Life だよ。
目的地も、目的も、それほど大事なものじゃない。
出て帰る、その間にある時間がどんなだったのか、
それが、ほんとうに大事なことなのかもしれない。
他人だったのに。 糸井重里 / 株式会社 ほぼ日