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私の受けたおもてなし

滝川クリステルさんが、「おもてなし」を「ホスピタリティの精神」と呼びましたが、この言葉からも客の都合がないがしろにされていることが窺えます。

Hospitalityの語源は、ラテン語のhospes(客人等の保護)です。それがHospital(病院)、Hospes(ホスピス)といういろいろな言葉に発展しました。これから読み取れるのは、たしかに見返りを求めていないものの、客を"もてなしてやっている"という「主」の立場です。

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今、日本でつかわれている「おもてなし」はインバウンド、内需拡大という見返りをしっかりと求めています。

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以上のことから、「おもてなし」について重要なポイントは二つあります。ひとつは海外では「おもてなし」を受けたかどうか、評価するのは客であって、供給者側が決めるものでではないということ。そして、もうひとつが日本人が自画自賛する「おもてなし」と、外国人観光客が評価する「おもてなし」は違う場合があることです。

              「イギリス人 アナリスト  日本の国宝を守る」  デービッド・アトキンソン   

 

尾鷲の馬越峠の宿「山帰来」のご夫婦のおもてなし。5月にお世話になった時ご主人は入院中で期待していたお話が聞けなかった。「熊野古道  世界遺産を歩く」「熊野古道  小辺路紀行」等の著書がある。

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是非お会いしたく、紅葉狩りを兼ね再訪した。一宿泊客である私をわざわざ自宅にお招きいただき食事を共にさせていただき「熊野古道」にまつわる奥深いお話を伺え念願が果たせた。総檜の重厚な造りの空間と香りに包まれた時間は何よりの「おもてなしであった。

 

紀北町上里の「庄次屋」。ガイドブックに「古道客を手厚くもてなしてくれるよ! 主人の話も面白い! 是非よってみて」のコメントを読み突然訪れた。年齢や職歴等共通点が多く意気投合し、今度は泊りがけで来て一晩飲みかつ語り明かそうという言葉に甘え11月の再訪となった。ご主人手作りの料理とサミット御用達の酒"八兵衛"で、一晩とはいかなかったが数時間"熊野古道のあり方"や地域振興について語りあった。

ご自身設計の総檜の一室での心地よくかつ深い眠りもありがたい「おもてなし」であった。

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「おもてなし」と言えば四国遍路を思い出すが、杖を突きながら歩いていると、突然食べ物や飲み物を手渡される。時には小さな手作りのお地蔵さんを差し出された。自分に代わって遍路をして頂きたいとの願いを伝えるのに言葉だけでは不十分との思いからの行為と聞いたが、これは気持ちの上での見返りであり、その思いは「おもてなし」 の受け手にも十分に伝わる。

 

「おもてなし」は何も日本の専売特許ではない。サンチャゴ巡礼では各地で多くの「おもてなし」を受けた。その根底にはキリスト教信仰があるようでその行いに何の迷いも感じさせない。巡礼路上に設けられた宿"アルベルゲ"はその典型であり、巡礼者には国籍や宗教に関わらず€5〜7で一夜の宿りを提供してくれる。所によっては宿代は勿論食事まで無償で提供される。

深い信仰のなせる技と言えばそれまでだが、私のような「取り敢えずの仏教徒」にとっては遥かに理解を超えるものである。

 

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ホスピタレイロがおもてなし

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おもてなしを受ける巡礼者

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おもてなしへの小さなお返し