花の命はみじかくて

 かつて江戸・東京の染色産業の中心であった落合・中井地域で先月末「染の小道」と題するイベントがもようされた。中井駅周辺の店舗の入口には様々なデザインの暖簾が掲げられ、裏道には"和"に関連する小物を扱う出店が並ぶ。産業を支えた妙正寺川には反物がたなびき、水面がうっすらと色付いている。着物姿の男女が古い町並みのラビリンスを行き交う。世情を反映してか多くの外国人の姿が見受けられ、それも着物姿が目につく。

決して華やかなイベントではないが、まち全体の空気が"和"で染め上げられていた。

近傍の「林芙美子記念館」に足を延ばす。著作に「私の生涯で家を建てるなぞとは考えてもみなかったのだけれども、(中略)生涯を住む家となれば、何よりも、愛らしい 美しい家をつくりたいと思った」と述べているが、匠に次々と注文を出し作り上げたとのこと。裏話を含めたボランティアガイドの説明は興味深いものであったが、私にとってはコース外の高台からの眺めが最も印象に残っている。

因みに昭和16年に竣工し終の棲家(昭和26年沒)となったそうだが、現代でも通用するモダンさを感じさせる住宅である。

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君の名は

 先日発表されたサラリーマン川柳100選で「 久しぶり!  聞くに聞けない  君の名は」が目にとまった。ご存知、大ヒットのアニメと高齢化社会を絡ませた他人事とは思えない句である。高齢者にとっては"君の名は"には別の思いもあるが、当時の面影も無い有楽町はバーチャルな"我が聖地"。

ところで私にとっての"君の名は"の舞台はポルトガルでの岩の家で知られたモンサントに向かうバスの乗り換えのまち。バス停の一角に所謂イケメンの男が立っていた。周りの地元の人が私の首に下げたカメラを指差し彼を写せと囃し立てる。話している単語を繋ぎ合わせると「彼はポルトガルのサッカーリーグのスター選手」と言っているらしい。本人の同意を得てカメラを向けるとポーズをとる。いかにもスターといった身構え。乗り換えの慌ただしさもあり名前の確認は出来なかった。翌日、街中で出会った人に写真を見せて何者かと聞いたが、残念ながら知る人は一人もいなかった。今でも写真を見る度に気になり、声には出さないが君の名はと問いかける。ポルトガルのサッカーリーグは一部二部合わせて38チームある。今にして思えば田舎まちの出来事であったので、"おらがまちのスーパースター"であったのかも知れない。

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木漏れ日

 最近「グレートトラバース」を初めとして、"歩き"のTV番組が目白押しであるが、私が一番楽しみにしているのはBSプレミアムの「一本の道」である。アナウンサーが地元のウオーカーとペアでヨーロッパの歴史ある"トレイル"を数日かけて歩き、自然、風景、歴史そして生活について語り合う。私の求めている歩きのスタイルそのもの。

先日は「フランスのグランドキャニオン」と言われるローマ人が開いたヴェルドン渓谷が舞台。なんと映画「禁じられた遊び」の撮影地を通る。途上、路上に展開する頭上の樹木の影に出会い女子アナが"木漏れ日!"と言うと、パートナーがフランス語にはそんな言葉はないと返す。因みにスマホで調べると"filtrage soleil a travers lefeuillage"状況説明である。言葉がないという事はこの現象に反応する感性が無いということか。

木陰の少ないスペインでも北部では同じような現象を目にしたが、明暗のコントラストが強烈で、とてもじゃないが"漏れている"といった風情は感じられなかった。 

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私の「グラスのきらめき」

 スペインにはどんな小さな町や村にもマヨール広場(大広場?)がある。

ある時マドリード南西郊外のチンチョンを訪れた。円形のマヨール広場を底にしたすり鉢状の村で、10分も歩かないうちに村外れに出てしまう。広場は村人達の生活の中心であり、日常は駐車場として利用されているが、ハレの日には闘牛場となり、広場を取り囲む木造三階建ての家のテラスは観客席と化す。

広場に立ち見上げると多くの観光客が飲食を楽しんでおり、カメラを向けるとあちこちからこちらを写せと騒ぎ立てる。歩き疲れてテラスの椅子に腰掛け名物のアニス酒を注文する。セリ科の薬草の種を強いアルコールに成分抽出した40度〜50度のリキュール酒であるが、若干甘みがあるせいか抵抗なく喉を通過する。

 テーブル上のグラスに眼をやると、テーブルクロスの文様が虹色にきらめき、心地よい酔いに痺れた午後のひと時を夢見心地に誘う。

帰路のバス停にたどり着いた頃には、容赦のない強烈な陽射しが壊れかけた私を正常に戻していた。

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旅を語る

多くの旅の本を読んできたが、特に自分の旅を独自の視点で物語ってくれる作家が好きである。ん

ノンフィクション作家"沢木耕太郎"の「深夜特急」は私の一人旅に油を注いだが、今でも何度も読み返している。ドイツ文学者でエッセイストの"池内紀"は国内外のまちをほっつき歩きながら普通のことを興味深く語ってくれる。そして今は亡き建築家でエッセイストの"宮脇檀"は「度々の旅」のまえがきで「旅に行く為にというだけの理由で旅に行く感じが強い」と述べている。

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最近沢木耕太郎の「旅の窓」を読んだ。見開きのページに氏が外国で気まぐれに撮った一枚の写真に400字前後の文章を添えたものである。

"グラスのきらめき"と題して、フランスの小さなまちのカフェでひとりの老人から、おごられた一杯の白ワインにまつわる写真と文があった。

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安物のグラス、白ワイン。冬の陽光による安物風の白いテーブルの上の輝くようなその影。その美しさに思わずカメラを取り出した。ただそれだけのことであるが、その時の光景と沢木さんの心情が伝わってくる。

 

あとがきに

他人からすればどうしてそんなものを撮るのだろうと不思議がられるようなものばかりだが、あの写真たちは私がなぜ撮ったかの「意味」をあたえてあげられたらどうか、と

そして前書きには

しかし、旅を続けていると、ぼんやり眼をやった風景のさらに向うに不意にわたしたちの内部の風景が見えてくる事がある。

 

私にも似たような経験があるが、そのことを他人に伝えようとする時、得てして写真を多用し長々とした文章で説明する。沢木さんのように一枚の写真と短い文章で、その情景と心情を伝える事が出来ないものであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TOP〜東京都庭園美術館〜江戸東京博物館ー2

東京都庭園美術館の企画展は「並川靖之  七宝」である。

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私にとって七宝はあまり馴染みが無いものであったが、花鳥を主なモチーフとした繊細な図案と微妙な色彩には目を見張るものがあった。身近に置いて眺めていたら気持ち穏やかに暮らせるであろうと思った。

 図案は0.3mmの銀線の仕切りに釉薬を入れ色毎に何度も焼成し、最後に磨き上げるという信じられない行程を経る。

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中国から渡った技法であるが、明治時代に欧米からの訪日客の外貨獲得策として脚光を浴びた。欧米では美術工芸品としての評価が高かったが、日本ではお土産品としての評価に留まり、良い作品は高値で海外に渡ったそうだ。

最近BS朝日の「百年名家」でこの美術館が紹介された。何度も訪れていた割には重要な見所を看過していた事に気付かされた。建物はアール•デコ様式であるが、設計が宮内省内匠寮の為もあり、至る所に和の要素が取り入れられている。

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屋内テラスの腰と床のタイルは正しく和

 

地下鉄で両国の江戸東京博物館に向かうべく地下鉄の駅に向かう。駅入口向かいの建物の壁面の標識が目に入った。"海抜30m"と記してある。四国遍路道や熊野古道では海抜ゼロに近い標識を多く目にしたし、東京でも海抜ゼロメートル地帯が騒がれた時もあったので、30mには一寸異様な感じを受けた。しかし、その下には"白金台"とあり妙に納得感を感じた。

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江戸東京博物館では「戦国時代展」。以前は歴史に興味あったが、歳をとるにつれ年代や人名に鬱陶しさを感じる様になった。好きだった歴史小説にも縁遠くなっている。でも、最近よく耳にする"刀剣女子"なるものの実態を垣間見ることができたのは収穫であった。

 

 

TOP〜東京都庭園美術館〜江戸東京博物館 ー1

寒波襲来ですっかり出不精になっていたが、久しぶりにミュージアム巡りに出かけた。最初に訪れたのは東京都写真美術館。 今回の改装を機に愛称をTOP としている。何かのトップを目指そうとしているのか。

「東京•TOKYO」と題して六人の新進作家の作品を取り上げている。佐藤信太郎氏の<東京l天空樹>は、東京スカイツリーを介してタワーを取り巻く11の街並みを8年にわたり撮影しているが、"ツリー"をあくまでも都市を見る為の装置として位置付けているのが興味深かった。絶えずスクラップ?•アンド•ビルドを繰り返す東京、数年後にはどの様な姿を見せてくれるのだろうか。

もう一つの企画は「TOPコレクション東京TOKYO」は当館の収蔵作品の中から多層的な都市「東京」を視点に戦後の作品を紹介している。はっきりと東京と認識できるものが写っていなくても、私の様な昭和時代末に上京した者にとっても「東京」を実感させてくれる。私もカメラを弄んでいるが、流石プロフェッショナルは違うと改めて実感させられる。

お約束通り館内撮影禁止であるが、一部はOK。

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林なつみさんの作品ですが、あなたはどの様な「東京」を感じましたか。シルバーデイと言うことで、作品と言われる写真には縁の無さそうな高齢者が多く来館していた。

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おとうさんは写真を見ながら何を感じているのだろうか。

 

徒歩で次のミュージアムに向かう。高層化が進む中に残された住宅街の一本道を進む。道路脇に"Maple Lane 子どものいる生活"と描かれたボードを見かけた。

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更に進むと道路の片側20〜30mに渡って擁壁工事の現場を通りかかった。作業員とほぼ同人数の5〜6人の警備員が横に並んで歩行者を誘導していたのを見て若干の違和感を感じた。

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先ほどのボードを思い出し、いつもの意地悪な勘ぐりが頭をかすめた。

昼時目黒に来るといつも立ち寄るうどん屋がある。東京では珍しく?薄味の澄んだ出汁とコシのある麺。どこで修業したのか聞いてみると「新宿の店だが出汁は関西、麺はさぬき」とのこと。