山のくまさん

先日NHKの"人名探究バラエティ 日本人のおなまえっ"の動物に因んだ名前をテーマにした番組をチラ見していて、あるコメンテーターが熊の付く名前の由来について話しているのを耳にした。<元々は地名の熊野の由来の一つにあるように辺境を意味する「隈」からきている。嘗ては北日本は別として熊に出会うことは殆どなかった。後々、熊の字を当てたのではないか。>らしき話をしていたと思う。

"熊野古道"や"塩の道"を歩いていて"熊に注意"の注意書きを頻繁に見かけたし、地元の人から最近熊が出没したから注意して下さいと声を掛けられた。熊野古道小辺路」の伯母子峠の避難小屋で休んだ時、扉の下部がギザギザに欠けていたのを目にした。「ここで休んでいた。その時熊が来て外から扉を開けようとした時の痕跡だ。怖かった!」と側にいた人が当事者から聞いた話として教えてくれた。

後日ある民宿の親父にこの話をしたところ「熊野には熊なんかいやしない。何かの音に驚いて熊が出たと思っただけだ。ほんとに熊を見たと言う人がいたら会って話を聞いてみたい。」と自信たっぷりに喝破された。残念ながらと言おうか、未だ山中で熊に出会ったことのない私にとっては"真相は闇の中"。

学生時代に"蟹族"で北海道の羅臼岳に登った時、落石を頭に受け死亡した人を見かけた。熊に出会って逃げようとして落石を受けたとの話であったが、場所柄全く疑問を持たず熊に対する恐怖を感じたのを覚えている。

ところで、年初に芸人の「森のくまさん」替え歌騒動があったが、結末はどうだったのであろうか。 

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新潟県糸魚川市で出会った"くま"   2017/05/19

immobile

世界報道写真展」を開催中の東京都写真美術館を訪れた。近年の世情を反映して中東の内乱やテロを題材としたものが多く、中には目を背けたくなるようなシーンも見受けられたがこれが現実である。

同時開催のインドの女性写真家ダヤニータ・シンさんの「インドの大きな家の美術館」と題する革新的な展示が興味を惹いた。屏風状の構造体に規格化された正方形と矩形のグリッドが組み込まれ、そこに多いものでは150以上の作品が配置されている。作品は人物が主体であるが、言葉で語ることを否定しており、縦、横、斜めのシークエンスから鑑賞者自らが解釈する。作家はキューレーターとして展示中随意に入れ替えを行う。側にはその為の作品が準備されている。展示室内での展示ユニットの配置換えも簡単で、展示場間の移動も容易であり、いわば移動式美術館である。

スペインの「北の道」巡礼路の途上のローマ人が築いた都市メリダで印象的なMuseo「国立ローマ博物館」に出会った。モザイクコレクションで有名であるが、私の関心はこの博物館が現存の遺跡の上に建設されていることである。館内に入ると嘗てのローマ街道が斜めに貫通している。さらに進むと床からモザイクで彩られた壁面が立ち上がっている。遺跡としての場所的な同一性だけでなく、2,000年の時間と空間が繋がっている。単なる遺跡訪問や博物館での鑑賞とは異なった空気感を覚える。いわば "immobile musium"とでも言おうか。 

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国立ローマ博物館(設計ラファエル・モネオ)  スペイン/メリダ   2015/05/30

テレビで「プレパト」を視ていて突然浮かんだ"才能なし"の一句

        熱きメリダ    モザイクの壁    刻を編む

いつも旅のなか

人それぞれであり旅のスタイルも色々である。従って私は他の人が何故旅に出かけ、どんな旅をし、何を見て何を感じているかに大いに興味があり、ドキュメントやエッセイ等旅関連の多くの本が本棚に並んでいる。

今手元には直木賞作家の角田光代さんの「いつも旅のなか」がある。氏は "仕事も名も年齢も、なんにももっていない自分にあいにゆこう。" と思いつくと行き当たりばったりで出かけ、その顛末をエッセイとして文章化している。とにかく面白く興味をそそられるが、私には同じような旅が出来るほど腹が据わっていない。

そしてあとがきに

旅は終わってしまうとするすると手を離れてしまう。そのとき目にしたものは、永遠に消えてしまう。旅で見たもの、出会ったもの、触れたものに、私はもう二度とあうことができない、書くことで、かろうじてもう一度、架空の旅をすることしかできない。いや、書くことで、架空にしろ、二度とできない旅をもう一度することができるのだ。           「いつも旅のなか」角田光代   角川文庫

とある。この文が私の現在の心境を表していると思い、何時ものように相乗りをさせてもらい引用させてもらった。

唐突であるが添付の写真は、フィゲレスからの帰途車窓から目に入ったもう一つの「スペインの赤」である。これも私の旅のスタイルの一片であろうか。

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Figueres〜Barcelona  2015/6/29

スペインの赤

「私はダリの娘」  

政治不信のニュースのオンパレードの中で親父ギャグにもってこいのニュースがピカリと光を放っている。

ホンモノのダリの世界を実感すべくバルセロナ滞在中の半日を割いてフィゲレスに出かけた。約2時間の電車旅の後、駅から旧市街地を抜け、歩くこと約15分で早くも目の前にダリ劇場ミュージアムが現れた。外壁いっぱいを額縁に見立て空を想わせる青い絵画。そこに長い梯子が立て掛けられ、あたかも空へと向かって昇って行けるのではないかと思わせる。

館内に入るとメインホールの吹抜けの天井画と周囲の壁面に展開する作品群に圧倒される。独特の仕掛けを施された様々な作品に心をときめかせながら巡り歩く。円形の回廊には各階で壁面の色を変え、そこに額縁に入った作品が並べられている。その中で赤色の壁に掛かった作品に目が止まった。A5判位の小品で中近東の騎馬兵群を描いた特段目立つものではない。しかしその絵を取り囲むバックの赤が背後の壁面を思わせ、恰も壁に貼り付けた絵に額縁の枠を配したように見えた。赤と言えば以前紹介したスペイン大使館の赤が蘇ってくる。

外に出て背後に回ると赤い外壁の上の屋上にお馴染みの巨大な卵が並んでいる。街の一画がダリワールドである。帰途、余韻を味わいながら2時間の車中を過ごした。 

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「描いたのはダリ」 2015/07/01

旅は道連れ

フェイスブックが何者かと試しに登録したところ、友達探しになんとスペインやポルトガルで何日間か共に巡礼路を歩いたイタリア人が二人顔を出した。プロフィールには何も触れていないのにどうして私に結びつけたのか不思議である。

巡礼路を歩いていると歩行ペースや宿舎のピッチで日々に出会う人がほぼ決まってくる。世界各国から集まっているので、"オラー"と声をかけ合い万国共通語と目される拙い英語で話しかける。そのうち何かを切っ掛けに一緒に行動をする密度が高まる人ができてくる。切っ掛けはやはり歩行のペースと言葉が通じ合うかどうかは別としてコミュニケーションのフィット感である。私の道連れは「フランス人の道」ではスペイン人グループ(+イタリア人、ブラジル人)、「ポルトガルの道」はイタリア人の二人連れとフランス人、「北の道」ではイタリア人の二人連れ、そして「銀の道」ではイタリア人の一人旅。なぜかイタリア人である。考えるにイタリア人は女性に限らず男性に対しても気軽に声をかけてくるし、他人の面倒を見るのがとにかく好きである。さらに何かにつけ自分達が一番と思っているから、そのスタンスに合わせていれば"一期一会"のパートナーとしては最高である。そしてもう一つ付け加えると、万国共通の話題が大好きである。通訳で作家の米原万里さんも著書の「ガセネッタ&シモネッタ」の中で言っている。

 

通訳者に下 ネタ好きが多いのは、理解できる。これほどいかなる言語、文化をも楽々と飛び越えて万人に通じる概念はないからだ。いまはやりのグローバリズムに最も合致するのが下ネタ。 

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「北の道」の道連れで愛すべき"Filippo"   2014/06/15

歴史を歩く

最近「チバニアン申請」がニュースになっており、十分に理解できていないが地球の歴史の空白部分を埋める画期的なことらしい。ネアンデルタール人北京原人が生きていた数十万年前のことであり、人間の歴史と言うより地球の歴史に属するものと思うが、これが採用されれば一時的であろうが千葉県の市原市には観光客が殺到することであろう。

ここ数年国内外の歴史の道を歩いている。スペインではローマ帝国が作った紀元前後の建物、道路、橋等が現在の社会で未だに現役として活用されている。その中に身を置くと歴史上の対象物としてではなく今現在のものとして実感できる。周りに人がいない時にはその景観の中で主人公になれ、あれやこれやと空想の世界に浸ることが出来る。一人歩きの特権である。

熊野古道の石畳の峠越えをしていると、当時の生活や信仰のために往来した人々と気持ちが通じ合い、その過酷さに想いを致すことが出来る。

先月「塩の道」を歩き、その途上で「フォッサマグナ」なるものを垣間見ることができた。なんと2,500年前の世界へワープしたのである。そこには日本列島の形が出来上がった一つの証しが残されていた。東日本と西日本の境界、さらには"くの字型"に曲がった日本列島の成り立ち。

現場に立つと人間の歴史を超えた地球の歴史まで実感出来る。これこそ旅の醍醐味であり、そしてひとり旅の特権である。

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フォッサマグナパーク  2017/05/19

 

 

 

 

旅人よどの街で死ぬか

私はここ数年旅を続けている。それも主として国内外を長期にわたり一人で歩き回るものでもので、所謂ロングトレイルである。何を老境に達した今になってあえて辛い旅を始めたのか。いつか自分なりに整理してみようと思っていたところ、最近作家の伊集院静氏の表記の著書に出会った。プロローグを読み始め、その奥深さには及ばないが氏の旅に対する考えが私の考えにほぼ一致している事に気づき抜書きをしてみた。

 

それでも私は、旅をしたことで私の身体に、記憶に、今もきちんと埋め込まれている旅の日々が他の行動では決して得ることのできなかったことを、確信できます。(中略)

なぜ旅を始めようと思ったのか?それは人生の終着がおぼろに見えはじめたとき、やり残していることだらけであることに気づいたからです。(中略)

そのとき私は、もしかして旅先で自分の時間が終着するかもしれないと思いました。(中略)

旅とは"日常からの別離"だと私は考えています。非日常の時間こそが、旅の真髄だと思います。(中略)

この旅で私の身体に入ってきたものは、それまで写真や資料で知っていたものとはまるで違ったものでした。(中略)歴史の真実とは、そこに足を踏み入れた者が、真実の気配を察するものでしょう。(中略)

皆さんがその街に足を踏み入れ、あてどなく彷徨すれば、皆さんの身体の中に、その街は生き続けます。それが旅の至福を得るということです。         「旅人よどの街で死ぬか。」  伊集院静  集英社

 

齋藤孝氏も「「引用」するということは、他の人の知性を媒介にして自分の思っていることを表現できるようになるということです。」(「文脈力こそ知性である」 角川新書)と言っており、取り敢えず今回は引用でご勘弁願いたい。

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「北の道」Montenedo付近  20140618