少子化対策の助っ人?

福井県坂井市コウノトリが子育ての為電柱の上に巣造りをした。」ではニュースにならないが、「北陸電力は7月の巣立ちまで巣のある電柱を避け送電路を迂回させた。その工事中の停電に周辺住民からは苦情は出なかった。」となればニュースになる。そして、無事に育った4羽の子供と共に巣立ちの時が近づき、「7月8日、今後の調査の為子供の個体調査と共に認識の為のリング取り付けを行った。」とのニュースが届いた。その後、これに関したニュースに接していないが、既に無事巣立ちを果したものと思う。

因みに、コウノトリは天然記念物で日本には約140羽飛来するそうだ。そして、子育てを終え巣立ちに当たって親鳥は別々に飛び立ち、なんと翌年には同じ番が同じ場所に帰ってきて巣造りをするそうだ。1年後には再度ニュースで取り上げられるであろう。

ところで、サンチャゴ巡礼の途上でもスペインで何度かコウノトリに出会った。お隣のポルトガルやフランスでは子育てに適していないのか見かけることはなかった。

スペインでは日本の様な電柱は見かけないが、送電路の鉄塔の巣には出会った。しかし、特段の配慮はなされていなかった。

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銀の道  Zamora  20150607

街の中で高い所と言えば教会の鐘楼である。危害の及びにくい場所としてか、多くの場合古い教会の鐘楼の上が選ばれていた。

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フランス人の道  Belorado  20120909

北の道を歩き終えサンチャゴ・デ・コンポステラからマドリードへ向かう途中「アビラ旧市街と市壁外の教会群」として世界遺産に登録されたAbiraアビラに立ち寄った。

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アビラ旧市街  20140626

旧市街は全長2.5kmの城壁で囲まれており、その城壁の上をぐるりと周遊できる。空に目をやるとコウノトリがユッタリと滑空している。

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ここでも鐘楼の上にはコウノトリの巣が集合住宅の如く折り重なっている。

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多分親子であろうが、巣立ちが近いのか親と子の区別がつかない。

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ゴシック建築のカテドラルには地元で産出する赤い石が使われており、それを背景に羽を広げる姿は一服の絵になる。

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因みに、ヨーロッパのコウノトリは小型で嘴が黒褐色でヨーロッパ産亜種シュバシコウとして別種に分類されているそうだ。

 

先日、「江戸東京博物館」に出掛けた。常設館で何故かコウノトリに出会った。何故ここにと思いながらシャッターを切った。嘴は赤くはない。

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隣にはトキ。その美しい姿と色に・・・・・・・

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光で描かれた絵画

六本木の富士フィルムフォトサロンの日本建築写真家協会展「光と空間 建築の美 」に出かけた。建築物の撮影を業としている方の作品の為か建物が主役で説明的なものが大半を占めている。その中で異色の一点が目に止まった。"Qu'est-ce que c'est"と題し、ルーブル ランス美術館で撮影したものである。平面上に置かれた作品を赤いパンツの少女が覗き込んでいるもので、一見すると美術館内での点景写真と思われた。しかし、近づいて見続けていると私にはこれは建築写真だと納得できた。

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真ん中の写真が"Qu'est-ce que c'est"

私は対象物が単に美しいとか面白いとかに留まらず、それ以上の何かを感じそれを手元に留め更に誰かと共有したいと思った時にシャッターを切る。撮影者を捕まえそのあたりの事について話したところ、その方も私と同じ考えで敢えてこの写真を出展したとの事であった。「私も昨年ランスを訪問したがこの美術館は残念ながら見逃した」と伝えたところ、「貴方の訪れたランスは大聖堂で有名なReimsランスであり、私が行ったランスは更に北のベルギー国境の嘗ての炭坑の街Lensランスです。市の資金でルーブル美術館の分館を誘致し地域振興に成功した。」との事。カタカナでは同じ表記だがフランス語では全く異る。RとLの発音が不得手な日本人のニアミスであった。

 

ところで、Reimsのノートルダム大聖堂後陣の最奥でシャガールのステンドグラスに出会った。戦災からの修復の一環としてシャガールに依頼された。旧来のステンドグラスの中にあって異彩を放つ強力な存在感があった。深いブルーでありながら明るさを感じさせる独特の色使いが印象的で、まさに光で描かれた絵画であった。

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ノートルダム大聖堂  ランス  2018/06/10

ステンドグラスは文盲の庶民を信仰に導く為に聖書をビジュアル化したもので、名もなき職人によるものが多いが、シャガールは欧米各地にステンドグラスを残している。ル・ピュイの道巡礼路途上のモワサックにも、うっかりすると通り過ぎてしまいそうな小さなステンドグラスがひっそりと佇んでいた。モチーフは抽象的なものであったが、さすがと思わせた。

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サン・ピエール教会堂  モワサック  2018/05/27

Reimsには藤田嗣治が建造し、夫婦で眠っている礼拝堂がある。アクセスの良くない場所でありながら多くの人が訪れている。小さなお堂であるが内部の壁面にはフレスコ画で覆われている。その中にはフジタのステンドグラスが見られる。大聖堂のステンドグラスほどの強烈な訴求力は感じられないが、独特の色使いでジンワリと染み込む感があり、長旅で疲れた心身が休まるのを覚えた。

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フジタ礼拝堂  ランス  2018/06/10

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因みに、ルーブル・ランスは金沢の21世紀美術館等の多くの美術館を設計したSANAAによるものであり、上記の写真家は最寄り駅からの1.5kmのアプローチの並木と美術館の外構にえらく感動していた。実現の可能性は低いが、再度の訪仏があるとすれば昨年 ストで訪問を諦めたルーアン、修復中で閉鎖されていたクリューニー美術館、イベントで閉館されていたモロー美術館、TOTO GALLERY MAで出会ったバルセロナ郊外のRCRの「ラ・ヴィラ」に加えてLensのルーブル・ランスも訪問リストに加えておこう。

そうだ、画家のステンドグラスと言えばル・コルビュジエ。フランス東部のロンシャン礼拝堂も訪れたい。

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フランス版「通り抜けできます」

テレビで南フランスの都市Nimesニームを紹介していた。古代ローマ時代の街で嘗ては織物の街として栄えたそうだ。因みに、あのジーンズのデニム発祥の地だそうだ。その名はserge de Nimesニームの綾織りから来ているそうだ。

そう言えばフランス第二の都市で"美食の街"として知られるLyonリヨンは絹織物の街でもある。昨年、"Le Puyの道" の出発地に向かう途中TGVを途中下車して立ち寄った。観光客はソーヌ川沿いの旧市街で美食を味わう事を目的とするが、私は港湾地区の再開発面白いとの情報が動機である。

観光案内所で偶然旧市街にも"トラブール"と言う面白いものがあると聞いた。街区内の建物を貫ぬく所謂屋内路地?である。

嘗てフランス内陸部では河川や運河が主要なインフラであり、リヨンもソーヌ川、ローヌ川によって絹織業が栄えた。河川の港と織物の作業場を結ぶ運搬路としてトラブールは造られた。

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観光ツアーが有るらしい

街路を横断する事によりショートカット出来るし、屋内の為雨に濡れない。旧市街地に入ったがどこが入り口か分からない。やっと其れらしき標識を見つけたが何が書いてあるか理解できない。試しに横の緑色のドアを押してみた。

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ドアが空き前方に通路が延びている。多少不安があったが前へと進む。

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途中、上部が開けた小広場がある。明かり取りなのか換気口なのか。

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あちこちに扉があり、現在も住宅等のアプローチ路として使われているようである。

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そして、無事反対側の街路に出た。なんと言うこともない寄り道であったが、嘗て職人たちが原料の糸や製品の織物を担いで行き交っていた風景を思い浮かべると結構面白い小旅行であった。

 

京都先斗町や東京の銀座にも屋外であるが面白そうな路地が残っている。何故このような路地ができ、どのような人が往来していたのかを想いを寄せながら立ち寄ってみるのも街歩きの一興である。

 

リヨン訪問については改めて 述べてみたい。

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こんなオフィスビルで仕事をしてみたいと思いませんか

 

一年金受給者 日常の文化的生活 part2

毎月第三水曜日には主要な都営のミュージアムに高齢者は無料入場できる。因みに欧米では美術館と博物館を総称してミュージアムと呼んでいる。別々に呼称する日本との認識の違いはーーチコちゃんに聞いてみようか。

 

 その日に合わせて地下鉄とバスを利用して恵比寿ガーデンプレイス東京都写真美術館に向かう。電車や歩行での移動と異なった視点やスピード感で街を眺められるバスを時々利用する。

毎年楽しみにしている"世界報道写真展"を開催中である。日頃の報道では見られない鮮烈な映像が大きなカラー写真で展開され、世の中の動きに改めて立ち会うことができる。

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パンフレットの写真は大賞受賞の作品である。メキシコ国境の一場面である。多くを語らなくても伝えたい事が伝わってくる。

別の階では以前紹介した「楽園へのあゆみ」のユージン・スミスのフォトエッセイ「カントリー・ドクター」が展示されていた。

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プロの写真家の作品には及びもつかないが、撮影するときの心構えみたいなものは少しずつ学んでいるつもりだ。

写真美術館と言えば昨年パリで滞在した宿の向かいにヨーロッパ写真美術館があった。前庭が日本人の作庭家の作品である事に、方々で出会った日本人芸術家の活動を改めて認識したのを思い出す。

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裏道を南へ歩き目黒に向かう。次の目的地は東京都庭園美術館である。 "キスリング展  エコール・ド・パリの夢"を開催中。キスリングに就ては特段の関心は無い。残念ながら予想に違わず私の嗜好には合わなかった。しかし、女性には愛好家が多いのかおめかししたシロガネーゼらしきご婦人方が多く見かけられた。

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 これまで、この美術館には何度も訪れているが、アール・デコの空気に包まれて過ごせただけでも来館の価値は充分にあった。

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帰路、目黒道路脇に小綺麗な公園を見かた。"白金台どんぐり児童公園"とある。児童公園にしてはやけに広い。後で調べると面積は6,000㎡強である。平日の午後5時前であったせいか大人、特に高齢者が多く子供の姿はチラホラである。高齢者向けの健康遊具は目に入るが子供遊具はーーあったあった。 

どう見ても私には大人の公園に思えた。

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然るべき作家の作品らしきファニチャーも見かけられる。流石港区!と感心すること頻りであった。決して港区役所に何かを言いたい訳では無く、我が家の近くにもこんな公園が有らまほしと思っただけである。

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ところで、最近持て余す時間にかまけてジャンルを気にせず本を乱読している。そばに置いて気の向いた時に手に取りたいと思う本は書店で購入するが、本棚の収容力も考慮して大半は図書館のお世話になっている。今ではネットで在庫を確認でき、最寄りの図書館にない本は他の図書館から取り寄せてくれる。更に新着案内も毎日届く。予約しておけば余程の人気のものでない限りそんなに待たなくても手にすることができる。最近読んだ本で年初に亡くなられた橋本治さんの「草薙の剣」を興味深く読んだ。高齢者が自分史を振り返るに当たっての物差しとして格好の読み物と感じた。

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内容につき私が説明するよりもと思い、少し長くなるがカバーに書かれた文を記す。

 

これは、橋本治の「平家物語」である。

10代から60代まで、10歳ずつ年の違う男たちを主人公に、彼らの父母、祖父母間でさかのぼるそれぞれの人生を、戦前から平成の終わりへと向かう日本の軌跡のなかに描き出す。敗戦、高度経済成長、オイルショック、昭和の終焉、バブル崩壊、二つの大震災、みな懸命に生きながらも親と子は常に断絶を抱え、夫婦はしばしば離婚する。人生はつねに、思い描いたことの外にある。ーーごくふつうのリアルな日本人の心の100年を描いて、読者をさまざまな記憶で強く揺さぶりながら、戦後日本のゆきついたさきとして現代のありようを根底から問い返す。橋本治、◯生の長編小説。作家デビュー40周年記念作品。

(◯は田の下が幸らしき漢字であるが、不肖私には読めない為辞書を調べたが見つけられなかった)

 

一年金受給者 日常の文化的生活

 この所の年金騒動で私に分かったことは「年金制度は決して破綻しません。年金保険料の納入、税金の投入が継続する限りは。あとは、各自が破綻しない様自助努力に励んでください」ということであった。

 

暮らしのセイフティネットをもはや国家に期待できないという不安を、人びとはつのらせている。セイフティネットは自前で準備するしかない、と。

             濃霧の中の方向感覚   鷲田清一/晶文社  (削がれゆく国家  中日新聞   2015/01/12)

 

昼食後、地下鉄最寄り駅の豊島園駅に向かう。「練馬区にあるのに何故豊島園なの?」と揶揄する向きもあるが、千葉県にありながら東京ディズニーランドと言うfake遊園地と違い、嘗て豊島氏の一族が築城した旧練馬城の跡地に立地したと言う立派な謂れのあるfact遊園地である。

閑話休題本郷三丁目で下車し、春日通りをぶらぶらと国立現近代建築資料館へと向かう。「世界のANDO」の"安藤忠雄 初期建築原図展"が開かれている。 

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1970〜80年代の作品の図面と模型が展示されている。空間の発想はもとより、平面図に断面図/アイソメトリック図等を重ね合わせ三次元性を高めた精緻で美しい図面はそのダイナミックさに感覚を揺さぶられる。クライアントも同じ様な感覚に陥っていたに違いない。

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光の教会  1989年

来場者には 建築を志す学生が多いが、海外からの若者もチラホラ見かけられる。

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久しぶりに安藤作品の原点に触れた様に感じたが、個人住宅や教会が大半である事からも一般の人にも楽しめる展示であると思った。入場は無料である上、希望者にはカラーの立派な図集も提供された。税金で賄われているとは分かっていても、文化庁の太っ腹に感じ入った。

 再び春日通りを歩き上野公園に向かう。不忍池畔に出ると、梅雨間の強い太陽光の下で青々とした蓮の葉が一面に広がり、都心にありながら壮大な景観自然を楽しめる。

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お山に登ると今を盛りのインバウンドの雑踏に呑み込まれる。次に向かうは東京国立博物館である。特別展"国宝 東寺ー空海と仏像曼荼羅"は混雑を避け今回はパス。特別企画"奈良大和四寺のみほとけ"と題して奈良北東部の岡寺、室生寺長谷寺安倍文殊院の国宝、重文の展示を行っている本館に直行する。

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肩書きが付けば素直に納得する私であるが、京都の仏と何となく趣の異なる奈良の仏に暫く魅入る。手元で時々眺めてみたいと思ったが、例により理由不明の撮影禁止。本館には何度も訪れているが、時々展示替えがあるのでゆったりとした内部をぶらぶらと回遊する。ふと目にとまった異様な仏像。ネパール?のもので阿修羅像の流れの様に見える。説明は兎も角その異様な姿の面白さにパチリ。ガラス越しであったが撮影可であった。

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次なるは、国立西洋美術館。企画展"松方コレクション展"を開催中である。此処でも常設展示場の日本・フィンランド外交関係樹立100周年を記念して開催中の"モダン・ウーマンーフィンランド美術を彩った女性芸術家たち"へ。19C後半から20C初頭の女性作家の絵画や版画の展示に向かう。メジャーな芸術品を見続けていると、余り目に触れることのない作品には何か肩の荷を降ろした気持ちになる。 

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多々有る名画の中でチョット特有の色使いで描かれた怪しげなボナールの一点が妙に気になった。

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コルビジェ設計の世界文化遺産とあって建物自身も鑑賞の対象となっている。エントランスホールの高い天窓の僅かな光が荘厳さを醸し出している。一般的に美術館の展示室の天井は高い。いかし此処ではある意味極端に低い。しかし、それが窮屈さを感じさせず作品をより身近なものに感じさせる。流石である。 

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国立西洋美術館と言えば"ロダン" であり、美術館の内外に著名な作品が展示されている。その中でバルザックの像が目に留まった。

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昨年、パリでバルザックの家に立ち寄った時にもバルザックの像に出会った。その時は何となく眺めていたがヒョットするとあれもロダンの作品だったかも知れない。説明があればそれに従った評価をしてしまうその程度の鑑賞眼の私である。 

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バルザックの家のバルザック

とは言え充実した半日を過ごし家路についた。

 

因みに、一定年齢以上のシニアは東京国立博物館国立西洋美術館の常設展示場は入場無料であり、都営地下鉄、バス はシルバーパス保有(年間20,500円)。気が付けば家を出て帰宅するまで財布の紐を解くことは無かった。

 

 

 

 

サクラダ・ファミリアに思う

 6月7日にサクラダ・ファミリアの建築許可がおりたとのニュースに、如何にもスペインらしいと思ったが、日本でも似たような事はよくあると自省した。現在はバルセロナに合併吸収されているサルマルティーの役所に1885年に建築許可を申請していたが、回答が無いまま現在に至っているとの事である。多くの人がいつ完成するのか気にしていたが、ガウディ没後100年に当たる2026年完成予定と発表された事により明らかになったのであろう。資金不足による中断やガウディの突然の死(1926年/73歳)、そしてスペイン内乱による貴重な図面の焼失や石膏模型の破壊を乗り越え、ついに完成の時を迎える事となった。

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ガウディが別れを告げたサクラダ・ファミリア   ガウディのすごい建築/洋泉社MOOK

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完成の姿   GUDI   Casa/BRUTUS

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ところで、"完成させずに建設を続けることこそ意義がある"との意見があると聞くが、私も微力ながらその意見に組する。

2012年,サンチャゴ巡礼にチャレンジし、一ヶ月余一人で黙々と歩き聖地サンチャゴ・デ・コンポステーラに到着した。周りでは目的を成し遂げた喜びでわき返っていたが、私は何かを成し遂げたと言う達成感は無くある種の虚しさを感じていた。巡礼途上の経験や出会いがあまりにも強烈であったせいか、それと希薄な信仰心のせいか。その気持ちが尾を引いて、その後飽く事無く四回巡礼の旅に出た。しかし、未だに達成感が得られていない。

1987年、初めてサクラダ・ファミリアを訪れた。当時は数本の尖塔と地下の礼拝堂は形をなしていたが、聖堂は露天の建設現場で全く宗教空間の体をなしていなかった。そして、2015年に再度訪れた時には、外観は建設中の姿を呈していたが、聖堂内部は既に立派な宗教空間と成っていた。

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神々しい佇まいに見惚れる一方、微かな寂しさを感じた。

 

道中 is Life。

ゴールを切る達成感の中に Life があるんじゃない。

道中だよ。道中 is Life だよ。

 

目的地も、目的も、それほど大事なものじゃない。

出て帰る、その間にある時間がどんなだったのか、

それが、ほんとうに大事なことなのかもしれない。

            他人だったのに。  糸井重里 / 株式会社 ほぼ日

 

石垣を読む

 テレビでお城の石垣の話をしていた。上にゆくほど反り返る勾配を描いている。この線形には二つの意味があり、一つは敵が登りにくくし敵の侵入を防ぐ、二つ目は内側からの圧力を外部に逃して石垣に強度を加えるためと言う。結果として美も生み出した。

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熊本城(借り物です)

では、その線形はどのようにして割り出したのか。石垣の上下端に縄を垂らして出来た曲線を反転したとの事。そこで、ガウディがコローニア・グエル教会堂設計の際に行なった「逆さ吊り実験」(紐に重りをぶら下げて出来た自然な弧が描く曲面を上下逆さまにして、荷重を合理的に分散する形態を求める実験)を思い出した。

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地下の礼拝堂は実現していたが、残念ながら上部の教会堂は未完のままであった。

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ガウディは名も無き日本の職人のアイデアからヒントを得たのではないか?

 

お城に限らず、石垣を見かければついついシャッターを押してしまう。改修のなった東京都現代美術館の外構は石垣に取り囲まれている。

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周囲の雑然とした街並みから隔離する石垣。石垣で造られたまちマチュピチュのインティワタナの丘に登る道の擁壁によく似た石組みを見かけた。テレビ番組で見ただけで、強い訪問願望が有りながら未だ実現していない。

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石を切り出した際に出来た傷?も一服の景色としている。

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東京には珍しく整然とした街並みで整備が進む日本橋。その中のビルの地階ロビーにも、石垣が違和感無く取り込まれている。

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そして、最近オープンしたMUJI HOTELのレセプション。箱はオフィスビルを店舗+ホテルにリノベーションしたものだが、内装の石垣には100年前に使用していた都電の敷石を内装材に活用している。花丸印!

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創業者の井深大は、「人材石垣論」を唱えている。

いしがきのいしは、ブロックのようにすべて四角い石だとすぐに壊れてしまう。ごろごろの石や丸い石、四角い石もあって、でこぼこの組み合わせこそが強い。だから、「こいつは生意気な奴だ」と思っても、我慢して使うことが必要だ。すると組織は強くなる。

         「奪われざるもの」清武英利/講談社+α文庫