猫はmiauミューと鳴く

日本には猫に因んだ観光資源?が数多く見受けられる。ネコの島(石巻田代島),ネコのまち(尾道/谷中),ネコ神社(浅草今戸神社)そしてネコカフェ。フランス巡礼路にもネコにまつわる村があった。
5月30日、23番目の宿はLa Romieuラ・ロミュー。1062年にローマ巡礼を終えた修道士が開き、巡礼者を意味する「ラ・ロミュー」と名付けた。ここにはゴシック様式のコロジアル サン・ピエール聖堂があり、世界遺産に指定されている。塔に上ると足下に街道の家並みが伸び、聖堂の屋根裏に踏み入ることさえができる。
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今では"ネコの村"として知られている。その由来を書いた一枚のコピーを観光案内所で手に入れた。
 
 「昔、木樵夫婦が一人娘を残し他界した。その娘アンジェリンヌは近所に引き取られた。彼女は大変猫を可愛がり、畑仕事を手伝う彼女の周りにはいつも猫たちがいた。1342年から三年間悪天候が続き、飢饉に陥り沢山いた猫たちが処分された。アンジェリンヌとその家族は雌雄の猫を密かに飼い続けた。その後収穫を得る事ができたが、猫がいなくなったせいではびこった鼠に農作物 が食い荒らされた。そこで、アンジェリンヌは生んだ子猫を村人に分け与え、鼠の被害を免れることができた。
後年、アンジェリンヌはだんだんとその風貌が猫に似てきたとのこと。」
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案内所の人の話によるとこの由来に因んで家の壁面に作り物のネコを設置しているとのこと。散策がてら集落をぶらつきながらネコを探す。仰ぎ見ると汚れてはいるが様々な姿のネコが見つかる。全部ではないと思うが15匹のネコを見つけた。
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生き物の猫も一匹。
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そして村はずれに所在なさそうなイヌ。
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お土産屋で見つけたのは"三猫"。
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日本の "三猿"のパクリと思われるが、世界各地に似た表現が有るらしい。英語では
"See no evil  hear no evil  speak no evil"
因みに日本には8C頃シルクロードを経由して中国から伝わったとのこと。
日本ならもっと積極的に"まち興し"に活用するだろうなと、控えめなネコたちに出会いながら思った。
 
何故か、フランスでは猫はmiauミューと鳴きます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ヴァラントレ橋の悪魔

5月25日,巡礼路17番目の宿泊地は赤ワイン「vin noir」で知られたCahorsカオール。フランス最大のドームを持つ世界遺産サン・テティエンヌ大聖堂がある。
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しかし、へそ曲がりの私の興味を引いたのは外壁軒先?の人面群であった。恰も百羅漢像のごとく様々な表情が楽しめる。
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標高は既にほぼ200mまで下がっており、ロット川の蛇行が市街地を取り巻いている。
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翌朝、街の出口に当たるヴァラントレ橋に向かう。(左側の赤い旗)
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三つの塔を持つ要塞化された橋で、フランスで最も美しい橋とされ世界遺産に指定されている。真ん中の塔には悪魔が住んでいると聞き及んでいたので上を見ながら橋を渡る。噂通り、塔にしがみつく悪魔の姿が目に入った。こちらでは悪魔は必ずしも悪者ではなく、そのせいか愛嬌のある表情である。
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こうしたものには謂れが付き物である。帰国後インターネットで調べてみた。
 
 「14C初頭、工事を請け負った石工の棟梁が納期に間に合わせる事ができず、自分の魂と引き換えに納期通り完成できるよう悪魔と取引をした。しかし、棟梁は完成間近に命が惜しくなり、悪魔を工事に必要な水を取りに上流に行かせた。悪魔は途中で騙された事に気付き引き返し、その仕返しとして中央の塔の石をひとつ外し呪いをかけた。代わりの石を嵌めてもその石がすぐにずれ落ちるように。
1879年、橋の修復の際工事請負人が石がひとつ欠けているのに気付き、そこに悪魔の彫刻を取り付けた。壁にへばりつき石を外そうとするが外す事が出来ない悪魔の彫刻を。」
 
豊富な水量を誇るロット川に橋を架ける困難から生み出されたものらしい。こうした話には結構とってつけたようなものが多いが、これにはなんとなく納得がゆく。
 
逆光の朝日に輝く姿を振り返りながらCahorsを後にした。
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予期せぬ出来事-5

 テレビは連日暑い暑いの連呼。

巡礼路では木陰の無い炎天下を歩く為気温(体感温度)や降雨が気になる。その為今回を含め気温が余り高くなく、降雨量の比較的少ないバカンスに入る前の5〜6月を選んで歩いてきた。それでもスペインでは北部以外では降雨は稀有であったが、体感温度が40度を超える事は珍しい事ではなかった。今回のフランスでも熱さは覚悟の上で臨んだが、暑さのダメージは殆ど感じる事なく、再三再四小休止の場所を求めて2〜3時間休む事なく歩き続けた。西に進むにつれ地平線に雲が湧き遠雷が轟き出す。

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暫くするとパラパラと小粒の雨が降り始めるが通り雨で降ったり止んだり。慣れてくると雨具は付けず様子見しながら歩く。宿に着く頃には雨は上がっている。このような天候が連日続く。この雨自身は気にならないが思いの外の困難が待ち受けていた。

整備された道から細い地道に入ると一変して前日の雨で泥濘の連続。迂回路はなく足で粘土を捏ねるごとく歩を進める。困った事にきめ細かい粘土質の土壌の為滑る滑る。その上連日の雨の為路面が荒れておりスリップの方向の予測がつかない。まるで初心者のアイススケート状態である。

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転倒すると

暫く歩くと靴の底に堆積し視線が高くなった感覚に陥る。へばり付いた泥は道端の石に擦りつけてもちょとやそっとではとれない。竹へらが必需品。おまけに水溜りにもそのまま踏み込む為、何年ぶりかで足にマメができた。

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ロンドンブーツ状態

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水路が川に

宿到着後靴を洗うがこびり付いた泥はなかなか取れないし、ズボンや靴下の洗濯のすすぎ水はいつまで経っても濁りが取れない。

フランス人はこうした事態を知り尽くしているのか、か弱い女性から高齢者に至るまで革製のごつい登山靴とスパッツの装備。因みに私は華奢なウオーキングシューズ。

予期せぬ困難に出会ったが、熊野古道の経験を生かし転倒だけは回避できた。

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

予期せぬ出来事-4

 5月14日一面白一色の荒野を只一人黙々と歩を進めていた。
前々日、フランス人女性2人と共に宿泊地Aumont-Aubracに向け歩いていた時、1人が突然「明日は雪だ」と言った。 空はどんよりとしているものの既に5月に入っておりその時は冗談だと聞き流した。フランスに到着後テレビも新聞も見ていないし、おまけにインターネットが接続不良の為天気予報は全くno checkであった。翌朝、窓から外を見ると何と屋根に雪が積もっていた。
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驚きはしたものの1,000mを超す高地だからちょっとした異常気象かなとの思いで宿を後にした。寒さ対策としては今までの経験と荷物の軽量化から防寒具兼用のレインウエアくらいで手袋は持参していない。気温は余り低くないようで寒さは感じないが手がかじかんで動作は鈍くなる。比較的整備された道が続くが地道に入ると途端に歩行困難となる。
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この日は8時間の歩行であったが特段の支障は感じなかった。
宿で聞くと強い低気圧が押し寄せ季節外れの雪になったと地元の人も驚いていた。低気圧は停滞しており明日も雪との事。明日は標高が1,300mを超え巡礼路で最も高いところで、かつては「Aubracの荒野越え」と言われる難所であったらしいが、今では歩行路やサインは整備され、この季節には新緑や草花を愛でながら歩くとっておきのハイキングコース。世界遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の指定区間となっている。
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「365 meditations sur les chemins de Compostelle」PRESSE DE LA RENISSANCE
しかし私にとっては状況は異なったようである。
 
暫くは雪のちらつく中を歩を進める。ゲートをくぐり牛の放牧地に入り進む。先を行く人があるらしく踏み跡が一つあるが、試行錯誤で歩いているようで余り頼りにならない。風が出て来て気温がグングン低下してくる。
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雪は降り続く。手がかじかんでカメラの操作も一仕事。周りを見渡しても人っ子一人見当たらない。取り敢えず木柵と石垣そしてGR65(ル・ピュイの道)の赤白の小さなサインを頼りに西へ西へと進む。雪に隠れた足元は水路やガレで不安定。捻挫に注意!大袈裟ながら万一の不安が頭をよぎる。
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彼方に避難小屋が確認でき一安心。小屋の中で小休止の後再び歩を進める。そして2時間にわたる悪戦苦闘の末、濡れ鼠のような姿であったが無事Aubracの集落に辿り着いた。熱い珈琲を体内に流し込んだ時初めて安堵の胸をなでおろした。
地球規模の異常気象の怖さと不測の事態の準備不足を身を以て実感した1日であった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

予期せぬ出来事-3

長旅をしているとついつい曜日感覚が無くなる。キリスト教圏のフランスでは生活に密着しているBoulangerieパン屋やPharmacia薬局を除いて店舗や飲食店はお休みである。しかし理解に苦しむのはOffice de tourisme観光案内所まで閉まっており慌てることがある。住民にとっては支障が無いということか。我々巡礼者は街に入るとまずTourismeに行き地図や情報を入手し、宿の予約をしたり所在を確認したりする大事な場所である。

日本では美術館等は月曜休館が多いがフランスでは火曜日である。理由を聞くと美術館等での生徒の校外学習が月曜日に行われるとの事。

 

アミアン大聖堂は休館は1/1のみ。見所は幾つも有るが堂内の敷石のラビリンスも注目に値する。

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それも塔に登って上空からの眺めは圧巻と言う。塔への階段横の案内所に行き入場券を求めるとなんと火曜日は上がれないとの事。気がつくと当日は火曜日。係員相手に鬱憤を晴らして退去。残念!

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「フランス ゴシックを仰ぐ旅」新潮社 とんぼの本

 

アミアンからの帰途、北駅から地図を片手にブラブラとギュスターヴ・モロー美術館に向かう。 モローの作品に特段の関心があるわけでは無いが、壁一面に並ぶ作品群の中に身を置いてみたいという勿体無い動機での訪問である。迷いながらも到着し入口扉の前に立つと「扉を押して下さい」とある。

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ところが扉を押すが開かない。周りにに目をやると貼り紙に11〜14日はイベントの為休館とある。14日にはパリを離れるので万事休す。ついでに当日は火曜日の休館日であった。エア・フランスのストでスケジュールをいじっている間にチェック漏れ。それにしても残念!

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シャルトルの床にもラビリンス。エルサレム巡礼の大変さを表しているとの事。

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アミアン同様塔に登って上空から鳥瞰出来る。案内所で聞くと11時にツアーがあると言う。11時前に階段の前に戻ったが参加者は見当たらない。恐る恐る近くの係員に聞くと中止だと言う。理由を尋ねても答えない。お粗末な会話力ではさらなる追求は不可能。ここでも止む無く撤退。残念!

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「フランス ゴシックを仰ぐ旅」新潮社 とんぼの本

 

予期せぬ出来事-2

今回の旅のKEY WORDは時代的には中世(ロマネスク/ゴシック),近世(アール・ヌーヴォー/アール・デコ/パサージュ)であった。そして是非出会いたいと思ったモノをピックアップしていた。しかし予期せぬ出来事?によりその思いが叶わなかったものがある。

「パリという大都会の真ん中で、中世の空気を吸ってみたくなったら、この小さな博物館に足を運ぶのが一番だ。」

誰の言葉かメモし損ねたが、この博物館とは15世紀の修道院長の宿舎を19世紀にゴシック×ルネサンスのmuseeに変身させた"クリューニー中世美術館"である。この文章と共に,"建築と展示物の親和性が完璧"というガイドブックの説明文に背中を押され、マレ地区の宿に荷物を降ろすや徒歩でセーヌ左岸に向った。地図を片手にたどり着いたが人影はまばらであり外壁には工事用シート。近づくと入口の赤い扉はピタッと閉まっておりその傍らに掲示物。なんと3月から6月中旬まで改修工事のため閉館とる。休館日はチェックをしたがこの事には気がつかなかった。是非との思いで帰途の6月14日に再度訪れたが、前回と同じ風景。掲示に目をやるとあまりのショックでJuneとJulyを読み違えていた。

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内部展示「フランス ゴシックを仰ぐ旅」より

 

巡礼出発地に赴く途上でAutunのサン・ラザール大聖堂を訪れた。「かっこ悪い」との理由で漆喰壁で覆われた為「打ち壊し」を逃れた扉口上部の"タンパン"(最後の審判),柱頭彫刻の「マギへのお告げ」、そして18世紀の改修で「いらねえな」と捨てられたロラン美術館の「アダムとエヴァ」のエヴァの浮彫(アダムは行方不明)が出会いの相手。ところがここでも改修工事中。内部には入れたが別室に移されたマギには会わせてもらえなかった。

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眠る東方の三博士のひとりの右手、天使がそっと指をふれてエルサレムに帰るなと告げる。パチリと目を醒ます博士の表情         「フランス ロマネスクを巡る旅」より

キリストとエヴァには会えたので良しとするか。

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最後の審判」左が極楽、右は地獄

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脂ののった色っぽい身体を、まるで泳ぐように横たえるエヴァ

 

パリ16区に 残されているアール・ヌーヴォー 建築(19C末〜20C初頭)の第一人者ギマールの自邸も工事中だった。でも幾つかの彼の作品に出会えたので無念さは治った。

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ギマールの作品 「カステル・ベランジュ」

 

バカンスを前にしてか改修工事中の建物が多く見受けられた。どうしても出会いたいものは事前の入念なチェックが必要。

 

 

 

 

予期せぬ出来事-1

帰国から二週間経ち再び日本の泥濘の道を歩き始めた。今回の巡礼行ではこれまでに比し多くの予期せぬ出来事に出会った。旅にはハプニングは付き物だが自前の一人旅では全て自己責任で解決しなければならない。

家を出る数時間前にHISから電話。「気を付けて行ってらっしゃい」かと思いきや、「AIR FRANCEのストライキで予約便(仁川〜CDG)が運航中止」。しかも「代替便は満席なので翌日の同時刻便になる。自宅で待機するか、ソウルのホテルで待機するか」と聞く。予約は大韓航空のはず。「AIR FRANCE?」。「共同運行でAIR FRANCEの運航便」との事。それは兎も角、巡礼開始までの 四日間の鉄道や宿のスケジュール調整が必要。ご存知のように鉄道の時刻表は曜日、場合によっては日にちによって異なるので絶えずチェックが必要。宿は直前のキャンセルでキャンセル料が発生。取り敢えず出発地途中で立ち寄る予定のVezelay行きを諦めスケジュール調整。

ストライキの余波は現地に入って本番。神戸女学院大学文学部名誉教授でフランス現代思想が専門の内田樹氏曰く。

「フランス人は異論が大好きである。デモとストライキは日常茶飯事。」

出発の一ヶ月前にHISからメール。フランスの国鉄SNCFが四月から六月までの三ヶ月間ストライキを予定。週に2〜3日指定して実施するが、対象となる便は前日の17時迄分からない。

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スケジュール上バッティングするのは鉄道利用8日のうち3日。あくせくしても始まらないと現地対応で腹をくくる。

5月8日はスト実施日。出発地のLe Puy en Valayに向かうべくLyon Part-Dieuへ。利用できる便が二本あるのでつい油断した。駅でモニターを見ると二本ともキャンセル。近くにいた職員に確認するとAccueil(案内所)へ。これからが大変。出発が1日ずれると後々のスケジュールの調整が必要。宿の立地と予約の関係から簡単に解決できない。1時間以上のやり取りの末、取り敢えず途中の乗り継ぎ駅のSt Etienne迄行き、翌日(スト実施日)の最も早い便でLe Puyに入りそのまま歩きだすと言うぶっつけ本番で腹を括る。

ところがSt Etienneに着くと、Lyonでは時刻表に無かったバス代替便があるとの事。聖ヤコブ(サンチャゴ巡礼行の守護神)は私を見捨てなかった。遅くなったが無事予定通り巡礼開始の前日に出発地で眠りについた。

巡礼終了後 の5日間シャルトル等の三大聖堂や一度諦めたVezelayを訪問。その代わりモネの大聖堂 のRouen行きは諦めた。結果、ストの余波は最小限にとどめることができた。しかし、過ちを二度繰り返さないためスト実施日のチケット購入の為、前日の17時に駅に駆けつけた。これが並大抵のことでは無かった。フランスでは座席指定でなくても便指定をしたチケットが求められる。その為パリの様な大きな駅ではウエイティングの人が半端ない。そして客が対応する職員と長々と話し込む。更に職員同士が話し込む。私には何を話しているか皆目分からないが、どうも大したことは話していない様である。そして勤務時間が過ぎたのか、多くの客を後にそそくさと席を立つ。しかしこの状況でも何も無いかの様に会話に勤しむフランス人。理解不能。結局二日間2時間以上の人間観察の時を過ごした。